「冬に浴衣」「ポリの着物」「キラキラの複製」…観光客を当て込んで創造した「日本」では永遠にレベルアップは果たせない アレックス・カー×清野由美
新型コロナで減った訪日外国人観光客も今や急回復。日本政府観光局(JNTO)によれば、2023年10月の訪日客数は、コロナ流行前の19年同月を既に上回ったそう。しかしその急増により、混雑などのトラブルが再び散見しています。「オーバーツーリズム」という言葉も今や広く知られるようになりましたが、実際その影響に悩まされている日本に足りないものとは? 作家で古民家再生をプロデュースするアレックス・カー氏とジャーナリスト・清野由美氏が建設的な解決策を記した『観光亡国論』をもとに、その解決策を探ります。 街が観光客で溢れようと「あの国が悪い」との論調に決して乗ってはいけない…その理由とは? * * * * * * * ◆伝統文化を守るための二つの選択肢 伝統文化を守っていくには、とるべき選択肢が二つあります。 一つは、昔の様式やしきたりを、そのまま守っていくやり方を選ぶことです。たとえば能楽は、この方法によって、数百年前の芸術様式を現代に息づかせています。 ただ、能楽の場合は成功しましたが、昔のままに伝えていくやり方は、時に文化を化石化させ、今を生きる人たちにとって無意味なものにしてしまう恐れがあります。それは、生きているようで実は生きていない、文化の「ゾンビ化」だといえます。 もう一つが、核心をしっかりと押さえながら、時代に合わせて姿・形を柔軟に変化させていく方法です。これは文化の健全な継承の形ですが、核心への理解がなければ、本質とは異なるモンスターを生む方向へと進んでしまう恐れがあります。 そのため、前段の「ゾンビ化」に対し、こちらは「フランケンシュタイン化」といえそうです。
◆京都で目立つ「フランケンシュタイン化」 京都でも近年、町にフランケンシュタイン化が目立つようになりました。その一つが、観光客を相手にした、安価な着物を扱う小売店やレンタルショップの流行です。 そこで扱っている着物は、本来の着物に比べて色や柄が不自然に明るく、派手なものばかり。生地もポリエステル製などの安っぽいもので、日本の伝統を継承して作られたものではありません。 装いにしても、冬に浴衣を着たり、浴衣なのにボリューム感のある華やかな帯と合わせたりと、奇妙で陳腐なケースが多く見られます。本当の着物文化を知らない人たちは、このようなまがい物でも日本の伝統的な衣装だと錯覚し、喜んで着てはそのまま街を歩き回っています。 なお、外国人観光客を当て込んで始まったレンタルキモノですが、いまでは日本人観光客にも好まれるようになっています。 そのようにして、次第に自国文化でさえ、本物とまがい物の区別がつかなくなっていく。これが「フランケンシュタイン化」の持つ脅威です。 ホテルや簡易宿所の建設ラッシュの中、京都の建物空間にも、そのようなフランケンシュタイン化が忍びこんでいます。 ある新設のホテルでは、レストランの照明シェードに、逆さにした和傘を取り付けていました。デザイナー目線で見た"和風"の新しい解釈なのかもしれませんが、この光景を見て、知り合いの京都人はぞっとしたそうです。なぜなら京都の一部の地域には、家の中で傘を開くことを不吉な印として忌み嫌う文化が今も伝えられているからです。 これらの現象は、日本の文化や伝統に対する観光客や事業主の無知、という表面的な問題だけではなく、根本に別の要因があります。それはすなわち、当の日本人が自分たちの伝統の着物や、町家のような空間の継承を放棄したということです。 まがい物の着物や逆さの傘は、単純に「デザイン目線」から生まれたものではなくて、「観光客を喜ばせるために、無理に創造した日本」として、ほかならぬ日本人が作ったものなのです。 日常に本物が息づいていれば、まがい物はすぐに見破られ、安っぽいコピーが氾濫することはありません。たとえば着物のレンタルも、京都で長い歴史を持つ呉服店が手がけているものだったなら、着物文化の伝承にきちんとつながったのかもしれません。 しかし現在の日本では、いたるところに「文化の空白」が生じてしまっています。そして空白が広がった結果、フランケンシュタインが入り込んでしまった、ということなのでしょう。
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