科学者・中村桂子 ウイルスと付き合っていくのなら<生きものの歴史を踏まえた生き方>を進むしかない。新型コロナパンデミックが教えてくれたこと
新型コロナウイルスが令和5年5月8日に「5類感染症」に位置づけられてから、1年が経過しました。令和6年3月末には治療薬や入院の公費支援が終了し、猛威をふるったコロナ禍から徐々に日常を取り戻しつつあります。そのようななか、JT生命誌研究館名誉館長の中村桂子さんは「ウイルスとは何かを考えることが、これからの生き方にとって大事」と話します。今回は、生命科学研究の草分け的存在である中村さんが、ウイルスとの向き合い方をまとめた著書『ウイルスは「動く遺伝子」』より、一部ご紹介します。 【写真】中村さん「ウイルスは自分だけでは増えることができず、私たちの細胞を利用しており、独立した存在ではないだけに厄介」 * * * * * * * ◆ウイルスとどう付き合うか 新型コロナウイルスという言葉が毎日のニュースに登場するようになった2020年の初め頃は、多くの方がこれを撲滅するにはどうしたらいいかと話していました。 現代社会は、なんでもマルかバツか答えを出すことを求める傾向があり、こんなに人間を悩ませる悪いやつにはバツをつけて撲滅するほかないと思ったのでしょう。 けれども相手は、なかなか手強く、感染者数が少し収まってきたかと思うと、変異株が登場してまた拡散するなど、一筋縄ではいかないことが見えてきました。 そこでウイルスとの共存という言葉が聞かれるようになりました。
◆生きもののあるところにウイルスあり ウイルスの本態を知れば、撲滅という対象ではないことは明らかです。 コロナウイルスに限らず、さまざまなウイルスを考えれば生きもののあるところにウイルスありという形で生態系ができてきたとしか考えられませんから、共存するしかありません。 共存ということは、お互い関わり合わずにそれぞれ存在していきましょうという形ではないことは明らかですし、ウイルスの本質から考えて、私たちの細胞に感染して、時に死に至る症状を引き起こすこともあることが分かっているのですから、どのように付き合うかをよく考えなければなりません。 細菌は、基本的には私たちと同じ細胞でできていますから、病原体の場合、細胞が生きることのできない環境をつくって対処できます。 抗生物質の利用は、細菌(原核細胞)と私たち人間(真核細胞)をつくっている細胞の生き方の違いをうまく使って、細菌だけを生きられないようにするという巧みな戦略です。 ウイルスは自分だけでは増えることができず、私たちの細胞を利用しており、独立した存在ではないだけに厄介です。 でもそのような存在だからこそ、遺伝子としての歴史を残してきたのだといえます。
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