トランプ色の強い共和党綱領案:米国大統領選挙戦を静観する金融市場の真意は
金融市場はトランプ優位に目立った反応を見せず
ところで、大統領選挙ではトランプ前大統領が優勢との見方が強まる中でも、金融市場は目立った反応を示していない。 追加関税など保護主義的な貿易政策は、貿易活動を阻害し、また物価高を通じて米国経済にはマイナスになる可能性がある。また、追加関税による物価高や大型減税延長による財政悪化は、長期金利の上昇要因となる。さらに、トランプ前大統領はドル安志向を明らかにしている。これらを踏まえると、金融市場はトランプ前大統領の再選を予想して、株安、債券安、ドル安のトリプル安に反応してもおかしくないのではないか。 しかし、実際には金融市場が今のところは大きく反応していないのには、幾つかの理由が考えられる。第1に、大統領TV討論会ではトランプ前大統領が明確にバイデン大統領に対して優位に立ったが、支持率調査では両者の差は依然として大きくない。民主党が大統領候補者を換える可能性も含め、金融市場はまだトランプ再選を明確には織り込めないのだろう。 第2に、保護主義的な政策が経済を悪化させれば、それは長期金利を低下させて債券高になる。物価高と財政悪化で長期金利が上昇すれば、それはドル高要因になる可能性がある。追加関税で貿易赤字が減少すれば、それもドル高要因になる、などトランプの経済政策の結果が金融市場に与える影響は、実際には複雑であることだ(コラム「金融市場はトランプ再選をどう織り込むか:トランプトレードの再来も」、2024年7月5日)。 第3に、トランプ第一期の保護主義的な政策は、最終的には米国経済を大きく損ねることはなく、また株価の大幅下落を引き起こさなかった。また、大幅減税や巨額のコロナ対策は、大幅な債券安(長期金利上昇)を引き起こさなかった。さらに、トランプ前大統領はドル安政策を掲げたが、実際にはドル安にはならなかった。
金融市場はトランプ再選による経済・金融市場のリスクを過小評価か
このように、トランプ政権第1期に採用された極端な経済政策は、最終的には経済、金融市場を大きく混乱させることはなかった。そうした経験を踏まえて、金融市場はトランプ再選がもたらす経済や金融市場への影響に楽観的である可能性が考えられる。いわば「トランプ慣れ」である。 しかし留意したいのは、トランプ政権第1期と現在とでは、米国経済や金融市場の状況は大きく異なるということだ。歴史的な物価高を受けた大幅な金融引き締めの影響は、これから本格的に米国経済を減速させる可能性がある。トランプ再選の場合の保護主義的な政策は、既に脆弱性を抱える米国経済の悪化を後押しする可能性があるだろう。 また財政赤字、経常赤字もトランプ政権第1期と比べて拡大している。そのもとでさらに財政拡張的な政策がとられる場合には、財政及び通貨の信認低下から、債券安(長期金利上昇)、ドル安が加速する可能性がある。 さらに、トランプ政権第1期後にドルは大幅に上昇した。そのため、ドルがひとたび下落に転じる場合、それは急落となり、世界経済や金融にも甚大な打撃を与える可能性がある。 このような点を踏まえると、金融市場はトランプ再選が経済及び金融市場に与えるリスクを過小評価している可能性が考えられる。 (参考資料) 「トランプ氏公約、対中関税引き上げ 中絶規制は見送り 共和綱領案(米大統領選2024)」、2024年7月10日、日本経済新聞 「共和「公約」トランプ色鮮明 中絶一律禁止踏み込まず」、2024年7月10日、京都新聞 「トランプ氏の共和党、事実上の選挙公約でEV普及に向けた環境規制撤廃…中国の「最恵国待遇」取り消し」、2024年7月9日、読売新聞速報ニュース 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英