「銀行事業の根幹揺らす」三菱UFJ半沢頭取 貸金庫から十数億円窃盗で
「信頼・信用という銀行ビジネスの根幹を揺るがす事案であると厳粛に受け止めている。お客様や関係者に心よりおわび申し上げる」。16日午後、東京・丸の内の三菱UFJ銀行本店で開かれた記者会見で、半沢淳一頭取はこう謝罪した。 問題は10月31日、貸金庫に保管していた資産がなくなっていることに気付いた顧客の指摘がきっかけで発覚した。練馬支店(旧江古田支店を含む)と玉川支店で、40代の女性行員が2020年4月から4年半にわたり顧客約60人分の現金や貴金属などを盗んでいた。確認できた被害総額は時価ベースで十数億円に上る。 女性は11月14日付で懲戒解雇された。三菱UFJは警視庁に相談する一方で、対策本部を設置。全支店の緊急点検を実施したが、2支店以外で被害は確認できなかったという。 貸金庫は、金融機関が個人や法人の顧客向けに、重要書類や貴金属などを紛失や盗難、災害から守るために各支店の金庫を貸し出すサービスだ。利用者は60代以上の富裕層や企業経営者が中心で、多くの大手銀行は契約の際に審査する。 金融機関はスマートフォンアプリを導入して顧客取引の非対面化を進め、店舗を減らす傾向にあるが、貸金庫は災害から現物の資産を守る点でも根強いニーズがある。 銀行は金庫を貸しているだけで、中身は原則として顧客本人しか知らない仕組みになっている。脱税のような犯罪に使われるリスクを軽減しようと、特に大手銀行は現金の預け入れを認めていない。しかし運用がベールに包まれている以上は、三菱UFJのケースと同様に、厳密に防ぐことはできない。
「国内トップ銀行の責任感が欠如」
貸金庫には大きく分けて手動型と半自動型、全自動型の3種類がある。手動型は顧客が銀行員に立ち会ってもらい、双方が持っているカギを併用して開閉する仕組みになっている。一方、カードを採用して電子記録が残る自動型は、顧客だけで使うことが可能だ。 三菱UFJは顧客のカギを予備として複製し、割り印を使った封筒に入れるなど厳重に保管している。しかし貸金庫の管理責任者だった女性行員は、この予備のカギを使って窃取を繰り返していたと見られている。 三菱UFJは、予備のカギを本部で一括管理する再発防止策を取った。しかし貸金庫は中身を証明しにくいため、これから待ち構える被害の正しい認定作業は難航必至だ。 他行にも動揺が広がっている。ある地方銀行の関係者は「メガバンクの厳しい管理をかいくぐったのなら他人事ではなく、セキュリティーを強化する必要がある」と顔をしかめる。別の地方銀行の関係者も「顧客と良好な関係を築こうとする中で、近年の支店では行員の異動を抑える傾向があった。雑談しているうちに貸金庫の中に何を入れているか把握できることは珍しくない」と明かす。 問題を公表してから3週間以上も、首脳陣が表に出てこなかった三菱UFJの姿勢を疑問視する声も多い。半沢氏は「まずは顧客の対応を最優先で取り組み、不安を解消できるような対応策にめどがついた」と説明した。しかし実際は、半沢氏が頭取から三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)のトップ就任がささやかれた時期だったため、「露出を極めて慎重に検討した」(三菱UFJFG幹部)。その結果、金融庁が銀行法に基づいて報告徴求命令を出した16日に合わせる道を選んだ。 半沢氏は、管理体制の不備を「リスク認識が低い点があった」と認めた。自身の経営責任については「まず顧客にしっかり向き合い、補償対応や再発防止策を実行に移していくことが最大の責任。自分を含めた役員の処分は、真因を明確にする中で具体的に検討していく」と語った。 被害額の補償は、元行員の女性の説明と顧客からの申し出に、貸金庫室の入退室の管理記録といった客観的な情報も合わせて確認中。補償額の折り合いがつかない場合は、「必要に応じて警察や外部の弁護士などと相談しながら個別に対応していく」(山下邦裕執行役員リテール・デジタル企画部長)という。 しかし、金融庁幹部は「刑事事件化する可能性が高く、詳細も把握しづらい案件なのは理解できるが、顧客の不安を払拭するような説明をもっと早く外部に発信できなかったのか。金融業界に与えた衝撃も大きく、国内トップの銀行として責任感が欠けている」と批判する。 金融庁は今回の甚大な被害だけでなく、三菱UFJの怠慢にもいら立ちを募らせている。 顧客の問い合わせで貸金庫にあった資産の減少が疑われるケースは過去にもあったが、「確認の対象を広げず、利用者を保護するための入念なチェックを見送った恐れがある」(別の金融庁幹部)からだ。実際に今回の約60人以外にも、数十人の顧客から被害の可能性を訴える声が届いており、被害額は膨らむ懸念が生じている。金融庁は三菱UFJの報告を待って業務改善命令を出し、半沢氏ら幹部の監督責任も問う方向で検討している。
鳴海 崇、齋藤 英香