『シルエット・ロマンス』『スローモーション』『セカンド・ラブ』…女性歌手の表現力を覚醒させる来生きょうだいの楽曲 来生たかおの歌声は「優しく温かなグレーの彩り」
どんな他愛ない日常もロマンスに
改めて来生たかおさんを知りたくなり、オフィシャルサイトに飛んでみた。「スペシャル」のメニュー欄で読むことができる、本人の手による身辺雑記風の「コメント」がとても興味深い。あんなに美声なのに、タバコが大好きで50年間やめたことがない、と書かれていて驚いた。そういえば、うちの父も1日に1箱以上吸っていたが、「北新地の裕次郎」と異名をとるほどの美声であった。吸い方の問題なのだろうか。タバコについて考えさせられる。 最近では、クレジットカードを6枚も落としてしまった(しかも戻って来た)という、衝撃の日常がほのぼのと描かれていた。もう少し遡ると、お笑いコンビ・かまいたちの濱家さんのYouTubeを見て、ラッキョウ入りチャーハンを作ったという記述があり、萌えた。来生さんが作れば、ラッキョウ入りチャーハンだろうが、味噌ラーメンだろうが、すべて赤ワインと合う味になる気がする。 来生さんの曲を聴きながら読んでいると、どんな他愛ない日常もロマンスになり、勝手にいろんな妄想が湧き出てくる。危険だ。
『積木くずし』主題歌『無口な夜』の思い出
来生たかおさんは、歌唱もすばらしい。彼の声は、楽器の音で言えば、ピアノの低音、もしくはオーボエ。美しく温かいが、静かな悲しみとも仲良しだ。この破壊力抜群の孤高かつ繊細な響きは、聴くタイミングを間違えると、地獄の一丁目まで連れていかれる。これはもう、低音が美しい歌手のバラードあるあるなのだが、「癒される」と「落ち込む」が同時に来るのである。 忘れもしない、1983年にメガヒットした、高部知子さん主演の『積木くずし』(TBS系)というドラマがあり、そのエンディングで流れていたのが、来生たかおさんが歌う『無口な夜』であった。 非行に走った娘を更生させようとする、実話をもとにした物語のため、毎回「うっせえよババア!」などといった怒声やケンカなど、壮絶なシーンがあった。その終わりに、心をなでるように来生さんの、「君がもし……疲れたまま眠っても……♪」という低くやさしい声が流れてくるのだ。 荒々しいドラマの空気を一気に静寂に変える威力があり、グッと胸に来た。いや、来すぎた。来生(きすぎ)だけに……。キメが細かい感動が、誰も入れたくない心のゾーンにまで沁みてくる感じで、この曲を聴くのがつらかった。つらいのに耳が求めるのでCDを買った(泣)。 喩えるなら、教会に行った時の気分。自分の抑えていた感情や隠していたものが、来生たかおさんの声を聴くことで、ぶわーっと溶け出てしまう。それに対しての清々しさと、ほんの少しの怖さみたいなものまで感じるイメージである。 『白いラビリンス(迷い)』もデンジャラス。1984年に発売され、作詞:来生えつこさん、作曲:来生たかおさんの神コンビに加え編曲がポール・モーリアというものすごい布陣で、聴いているだけで雪雲を召喚できそうな名曲だ。 中森明菜さんも歌唱しており(1984年発売のアルバム『POSSIBILITY』に収録。編曲は萩田光雄さん)、明菜さんバージョンも、来生たかおさんバージョンも、苦しいほど切ない。もはや歌声が白い……。
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