ラグビーW杯、史上最大の番狂わせはなぜ起こったか?
スタンドからの「ジャパン」コールは、徐々に大きくなった。29-32とリードされ迎えた最終盤、敵陣ゴール前でスクラムを獲得する。ちょうど10分間退場処分でフォワードが1人減っていた相手を、ぐいっ、ぐいっと押し込む。右、左。「休ませない」という攻めが続く。途中出場のウイング、カーン・ヘスケスが、左タッチライン際を破る。歓喜のなかフルバック五郎丸副将がコンバージョンを蹴り込み、ノーサイドの瞬間を迎えたのだった。34-32。ジョーンズHCは笑う。 「ワールドカップにいいノイズを起こせました」 このゲームは本来、予選プールのプロローグだった。 というのも世界ランク13位のジャパンは、23日に同10位のスコットランド代表、10月3日に同12位のサモア代表、11日に同15位のアメリカ代表と、2戦目以降に南アフリカ代表より世界ランクで劣る国と対戦予定だった。初戦で手ごたえを掴み、2戦目以降で目標の準々決勝進出のために2~3勝を…。少なくとも外部の人間は、どれだけ前向きに予想してもこう考えた。 しかしジョーンズHCは、戦前はとにかく「南アフリカ代表に勝つ」と発し続けてきた(実際の勝利後は「信じられない」と笑っていた)。今週も3度の取材機会のうち2度も「相手のプロップのヤニー・デュプレッシーはスクラムでレフリーみたいにぺちゃくちゃ喋る。正規のレフリーにちゃんとさばいて欲しい」と何かを聞かれる前に話してもいた。初戦に勝ちに行く。それが、2戦目以降の勝利に必要だと言いたげでもあった。ボスのねちっこい執念が、チームを覆っていた。 ウイングのンヴォヴォの裏へのキックや、組織の綻びを互いが補い合った守備、前半29分のスコアに繋がった12人モール(一般的にはフォワードが塊となって押し込むプレーだが、今回はバックスが「その場の判断」で入った)と、相手にとって嫌なプレーも、ボスのねちっこい執念の延長線上にあった。 選手間でも「いまは日本代表の誇りを持っている」とスクラムハーフ田中史朗は言う。南半球最高峰スーパーラグビーの日本人第1号だったスクラムハーフ田中は、7月に合流するや仲間の練習態度を「勝つ気はあるのか」と一喝した。7月のパシフィック・ネーションズカップは1勝3敗と負け越していた。もっとも、その折は本番で戦う下地作りの時期。直前のハードな練習で疲弊していた側面もあった。 停滞はしなかった。同じスーパーラグビープレーヤーでフランカーのマイケル主将を軸に、ハードに戦う気質の重要性を再確認し合った。フッカー堀江副将は「やらされているのではなく、自分がどうなりたいのか、どううまくなりたいのかを個人、個人が考えてきた」と繰り返す。