中国新聞社やオタフクソース 広島の100年企業はAWSをどう活用しているのか?
広島大学を会場として開催されたAWSユーザーの地方イベント「JAWS FESTA 2024 in 広島」。本編にあたる「酒まつり」の前に行なわれたセッションでは、前回紹介したサタケに加え、中国新聞社、オタフクホールディングスなど地元の百年企業が次々と登壇。AWSの利活用はもちろん、自社の課題感や取り組みをわかりやすく説明してくれた。 【もっと写真を見る】
広島大学を会場として開催されたAWSユーザーの地方イベント「JAWS FESTA 2024 in 広島」。本編にあたる「酒まつり」の前に行なわれたセッションでは、前回紹介したサタケに加え、中国新聞社、オタフクホールディングスなど地元の100年企業が次々と登壇。AWSの利活用はもちろん、自社の課題感や取り組みをわかりやすく説明してくれた。 1つのIDで複数のサービスを利用できる中国新聞社の「たるポ」 AWSを使いこなしていたサタケに続いて、地域プラットフォーム「たるポ」について紹介したのは、中国新聞社 メディア開発局の石井将文さん、明知隼二さんの2人だ。「新聞社として新しい取り組みをいろいろやっているので、ご紹介したい」と石井さんは語る。 中国新聞社は広島を中心に130年以上に渡って新聞を発行している。発行部数は47万部強で、地元紙としての信頼感は揺るいではいないが、激変するビジネス環境の中、業務やビジネスのDX、新しい収益源の創出が喫緊の課題となったという。 2022年にはミッション・ビジョン・バリューの作成、そしてDX宣言を行ない、デジタルサービスのユーザー増と収益化、基幹システムのサイロ化、会員サービスのアップデートなどを積極的に進めている。「魔宮のようなデータ管理になっており、これをどのように整理するかが大きな課題。どんなお客さまが読んでいるのかも、理解できていなかった」と明知さんは振り返る。 こうした中、1つのIDで中国新聞社の複数のサービスを利用できるポイントサイトとして2024年3月にスタートしたのが「たるポ」になる。「このまち応援プラットフォーム」を謳うたるポでは、ユーザーが使えば使うほど経験値がたまり、月替わりで「木」が育つという仕組みとなっており、月末に育った分のポイントを山分けするという流れになる。「10月は経験値が溜まるたびに徳利が木になっていく(笑)」とのことで、酒まつりを意識した遊び心のある取り組みも行なわれている。 また、オフライン連携を重視しているのも「たるポ」の大きなポイント。イベント管理SaaSと連携することで、イベントのチェックインやQRコードを使ったガチャも実施している。地元企業との連携も進めており、「広島東洋カープさまとはファン感謝デイの整理券配布をID連携させながらやってみるという取り組みもやらせてもらった」(明知さん)とのこと。 鍵は地元企業とのコラボ AWS Clean Roomsの活用も視野に たるポはサービス開始から7ヶ月で登録者数は19.5万人を超え、年内には20万を超える見込み。MAUやメールの開封率は向上し、ログイン導線でのカゴ落ちやID管理にまつわる問い合わせ数は減少した。 サービスはスケールアウト性やサービスの継続性、コストの最適化などさまざまな理由から、AWSをベースに構築されている。「チケットプレゼントなどを行なうと、一時的にIDやアクセスが増えるので、確実にサービスを提供できる必要があった」と明知さんは語る。また、将来的にインフラ構築を自前で行なうための人材教育の体制、外部サービスとの連携のしやすさも、AWSを選択したポイントだという。 今後、連携サービスのデータは一元的に分析し、顧客理解やマーケティングに活用していく。「中国新聞デジタルを、いつ、どのような頻度で、どういうニュースを見ているのかも収集できる。ここから出てくる興味・関心データに、イベントやチケットプレゼントのデータ、新たに設けたモニターの声をひも付けていく」と明知さんは説明する。 また、AWS Clean Roomsを用いることで、複数の企業で顧客データをセキュアに共有し、データコラボレーションを実現していく構想もある。「顧客データを出すことに慎重な会社もあるので、丁寧に活発にお話しを進めている。でも、これが実現できると『地域の深い情報』を使ったデータ分析の体制ができると考えている」(明知さん)。 将来的には中国地方の活性化を実現すべく、たるポのプラットフォームを基盤に、従来の新聞社の枠を超えたビジネス展開や企業間連携を進めるという。「全国規模の会社、世界規模の会社に飲み込まれない、このまちのエコシステムを作る一助になりたい」と明知さんはまとめた。 オタフクは「ソースを売る」のではなく「お好み焼を普及させる」 続いてAWSを採用したデータ分析基盤について説明したのは、お好み焼用のソースである「お好みソース」でおなじみオタフクホールディングス IT推進部 部長の岡本候子さん。首都圏の人間からすると興味深いOtafukuグループの沿革からまず話をスタートした。 お好み焼用のソースで圧倒的な認知を誇る同社だが、創業した1922年は醤油の卸売りと酒の小売を行なっていたという。創業者がものづくりとして最初に作ったのも「お多福酢」という醸造酢で、ソースを作り始めたのは実は戦後だ。太平洋戦争で広島は焼け野原となり、会社も工場もなくなったが、創業者が事業を再度立ち上げるのにあたって、「これからは洋食の時代じゃけん。ソース作りんさい」というえらい人の声を受けて作り始めたという。 とはいえ、ソースメーカーはいくつもあったため、後発メーカーとしての差別化を図る狙いでできたのがお好み焼用のソース。「さらさらとしたソースだと鉄板に流れ落ちるけん、もっととろみのあるソース作ってや」というお好み焼き屋のリクエストで作られた同社の「お好みソース」は1952年に発売された。ちなみに現地の方のコメントになると、岡本さんの広島弁がいきなり堂には入るのが個人的にはツボだった。 さて、お好みソースも当初は広島県がメインの商圏だったが、その後、全国区となり、今ではグローバル進出も果たしている。現在はソース、酢、たれなどの調味料を製造・販売するオタフクソースを中心に、お好み焼き関連の材料、醸造製品の販売、パッケージング、天かすなどを手がける複数の会社でグループ9社を構成している。 また、創業当初から「お好みソースを売る」というモノ売りではなく、「お好み焼を普及させる」というコト売りにフォーカスしているのも同社のユニークなところ。現在は粉物文化の普及に取り組む「お好み焼課」があるほか、お好み焼のミュージアム「Wood Egg」やお好み焼の体験施設「OKOSTA」なども運営しているという。ランチ前だったこのセッション。ここまでの10分の話だけでも、お好み焼熱が十分に高まる。 例の基幹システムを絶賛リプレース中 データ分析を身の丈に そんなオタフクホールディングスのIT推進室はシステムデザイン課と生産システム課の大きく2つに別れる。倉庫の二階をリノベーションした広島オフィスのほか、九州や大阪からもサテライト勤務している。 もともとオタフク自体は「機械に任せられることはなるべく機械に」という志向が強く、古くからIT化が進んでいる会社だった。そんな中、販売管理、在庫購買、会計を行なう基幹システムとして2004年に導入したのが、今話題のSAP ECC6.0。2025/2027年にサポート終了が宣言されており、オタフクソースもご多分に漏れず後継であるSAP HANAへの移行を進めている最中だ。「来年の5月に切り替えの予定です。なにもニュースが出なければ、無事終わったとお考えください(笑)」という岡本氏のコメントには会場からも笑い沸き起こる。 今回のデータ分析基盤の話は、20年前にSAP ECC6.0と同時に入れたSAPのBIであるBW(SAP NetWeaver Business Warehouse)のリプレースが大きなテーマだ。このときはお金と余力の問題もあったので、販売と会計のデータのみを扱っており、一部はWebの帳票ツールに外出しして使っていた。「SAP HANAへのリプレースでBIもいっしょに入れようと思ったのだが、SAPって高い。導入も高ければ、運用も高い」とのことで、身の丈にあったものにリプレースすることにした。 従来から使っていたBWにもいろいろ課題があった。BWはExcelベースのGUIで操作できるのだが、グラフ表示するためにはユーザーの加工が必要だった。また、操作も難しいし、なによりSAPデータしか活用できていない。「ユーザービリティを上げ、データーの網羅性のある基盤を作ろうということになった」ということで選択したのが、Amazon QuickSightになる。 Amazon QuickSightを選んだ理由は、直感的な操作で帳票作成やダッシュボード作成ができるほか、社員全員の利用を前提に従量課金で利用できることが挙げられる(ちなみに当時は従量課金制だったAmazon QuickSightだが、その後固定料金制に変更されたとのこと)。さらにベンダーが伴走して、Amazon QuickSightの構想を練ってくれたのも大きかった。「これならAmazon QuickSightに移行できるという見通しが付いた」と岡本氏は語る。 帳票レイアウトは現場とヒアリング AI活用できる基盤を作りたい Amazon QuickSightの導入は2022年頃から2つのステップを経て導入した。ステップ1はBWの課題を意識したトライアル帳票の作成。こちらはITスタッフで開発をトライアルしつつ、社内での反応を見るためのプレリリースの意味合いがあった。ステップ2は、2023年から始まったSAPマイグレーションと連携しながら、BWをAmazon QuickSightに移行している。 ステップ1で作成した帳票は、たとえば卸のデータを地図にマッピングし、どの店舗でオタフクソースの商品を販売しているかを調べる販売店検索や、本社から工場のラインごとの稼働状況を見るための帳票などがあったという。 こうした帳票を棚卸しすると、グラフで可視化され、直感的にわかりやすく表現された「ダッシュボード帳票」のほか、商品別など利用頻度の高いレイアウトを定義した「固定帳票」、行や列、集計項目を自由に選択できる「自由分析帳票」の3種類に分類できることがわかった。固定帳票に関してはBWとWeb帳票でカバーしており、37本程度。自由分析はBWから出力されたExcelをベースにした帳票が500近くあったという 実際どのような帳票レイアウトがよいかを検討するにあたっては、500近くある自由分析帳票も合わせて参照しつつ、実際に使っている経営陣や営業などのメンバーに詳しくヒアリング。まずは販売管理系の帳票からリリースし、2025年に会計系の帳簿をリリースする予定だ。 具体的にはSAPシステムやライン管理システム、社内WebアプリからのCSVファイルをAWS CLIでAmazon S3に放り込み、DWHサービスのAmazon Redshiftを介して、QuickSightでレポート化している。生データをデータレイクのS3に取り込み、DWHのRedshift、データマートのQuickSight SPICEという流れで、データの加工を進めているという流れだ。 全体のジョブ制御はAmazon StepFunction、データの編集・加工といったETL処理はAmazon Lambdaを利用。これらデータレイク、データマートなどの基盤は、ベンダーに構築を依頼しているという。コスト削減に向けても、「閲覧者」という安価なユーザーライセンスで自由分析帳簿に利用できるようにしたり、過去データの閲覧制限を設けて月額の利用制限を行なったという。岡本氏は、「来年5月になり、基幹系システムの移行が終わったら、購買や生産データも取り込んでいきたい。将来的には社内のデータを網羅し、AIを活用できるような、世代を更新できる基盤にしていきたい」と今後の抱負を語って登壇を終えた。 文● 大谷イビサ 編集●ASCII