【陸上】再び歩き出した王者――競歩・山西利和の中にいたもう一人の自分「矛盾を許すのか、許さないのか」
今は来年の東京世界選手権に照準
心の傷が完全に癒えたわけではない。欧州遠征では「野田(明宏)君に救われたんですよ」と言う。「1ヵ月、一緒に行ってくれたのが大きくて。練習も一緒にできますし。彼はマイペースでのほほんとしているんです。お互い、気を使わず、それでいて一緒に悔しい思いもしていますから」。日本の喧噪から離れられたのは、この後の2人にとって大事な時間だったのかもしれない。 ストレートに聞いてみた。パリのレースは見られますか、と。 「正直、見たくないという思いが今はあります。直視できないと思うんです。世界競歩チーム選手権も見られなかったです」 一度はつまずいたとは言え、その力がやはり世界トップであることを証明した山西。歩き続けると決めたからには、どこを目指して歩を進めていくのか。 「まずは来年の東京世界選手権の20km競歩にチャレンジしたいと思っています。(欧州の)2本目のレースは手応えがすごく大きかった。まだやれる、という中での1時間17分台。もちろん、もう少し審判の目で見てもらえる展開の中で技術を確認しなくてはいけないと思っています」 来年の世界選手権。3年前の五輪では歩けなかった“東京”が舞台だ。再び日の丸を背負うために。そして、世界一になるために。山西はどんな困難が待ち受けていようとも、これまで同じ“王道”を突き進んでいく覚悟だ。 ◎山西利和(やまにし・としかず) 1996年2月15日生まれ。京都府出身。京都・長岡三中→堀川高→京大→愛知製鋼。中学で陸上を始め、長距離が専門だった。高校進学後に先輩と顧問の影響で競歩に転校。高2でインターハイ5000m競歩2位。3年時には世界ユース選手権10000m競歩で世界一となり、インターハイも制した。大学進学後は20㎞競歩にも適応し、大学4年時にはユニバーシアードで金メダル。社会人1年目の18年にはアジア大会で2位となる。19年ドーハ世界選手権でこの種目初の金メダル。21年東京五輪で銅メダル、22年のオレゴン世界選手権では大会連覇を達成した。自己ベストは20km競歩1時間17分15秒(日本歴代3位)。
向永拓史/月陸編集部