愛犬10年物語(1)「ただ見ているだけで幸せ」障害も日常に
それも「彼の一部」
犬が重い病気にかかったり大きな怪我をすると、飼い主はとかく「自分のせいでこうなってしまった」と自責の念にかられたり、「果たして自分の対応は正しかったのか」と自問自答しがちだ。この感情は、子を持つ親のそれと全く変わらない。 二人にとって救いだったのは、ベーブ本人がそれまでと変わらず元気で明るかったことだ。退院してすぐに前足を上手に使って動きまわっていたし、食欲も旺盛。1年ほど続けた鍼治療も嫌がることはなかった。今も使っているオーダーメイドの車いすに初めて乗った時も、「固まってしまう犬も多いのですが、ベーブは最初からグルグルと駆けまわって、他の犬を追いかけたりしていました」と雅之さんは述懐する。「とにかく本人が明るかったのに救われました」と、ヘルニア発症後、ベーブの世話をするために数か月仕事を休んだ東西さんは言う。
「障害は乗り越えるものではない。共に生きるもの」と言うが、やがて夫妻もベーブのヘルニアを、「それも彼の一部」だと受け容れることができるようになった。それからの10年余りの日々は、平穏に優しく過ぎていった。「たまに旅行に連れて行くくらいで、特に一緒に何かをするわけでもない。ベーブがいるのが当たり前な生活。普通の日常が幸せです」と雅之さんは言う。「特にフレンチ・ブルドッグって愛嬌があって動きが面白いじゃないですか。寝ている顔が面白かったり、くしゃみをして床にあごをぶつけたりとか、そういうのを見ているだけで十分です」
癌の手術を経て
あくまで自然体な石川一家だが、僕が密かに驚いたことが一つだけある。「暑い所には出しません。若いころからそう。夏場は車にも乗せず、実家に連れて行くのも控えるくらい」。9月上旬に行ったこの日の取材も、雅之さんのリクエストで早朝に手早く外での撮影を済ませ、その後のインタビューはずっと冷房の効いた自宅で行った。それが直接の要因かは分からないが、無理をしない、させないという断固としたポリシーが、長寿の秘訣(ひけつ)なのかもしれない。