愛犬10年物語(1)「ただ見ているだけで幸せ」障害も日常に
湘南への引っ越し
僕自身もそうであるように、2000年代のペットブームの頃に犬を飼い始めた人は、特に家の中で犬と一緒に暮らすのは初体験だった場合が多い。「(フレンチ・ブルドッグは)吠えないと聞いていたのに、全然鳴くじゃん!と(笑)」。東西さんは生後3か月のいたずら盛りの子犬のパワーに圧倒された。当時は団地タイプの集合住宅に住んでいた。日中の世話を任された東西さんは特にベーブの鳴き声に途方に暮れ、いたたまれなくなって一人で家を飛び出してしまったこともあったという。「そんなこともあったね。懐かしいね」。ベーブは成長と共に落ち着き、結果的にしつけで特別苦労することはなかった。今となっては、未熟な飼い主だった14年前のことはすっかり笑い話になっている。
もともと東西さんが抱いていた「湘南の海辺でゆったり暮らしたい」という夢は、やがて「ベーブにのびのびとした環境を与えたい」という思いと重なってゆく。ベーブ2歳の時に移住を決意。別にバリバリのサーファーというわけでもなく、通勤もずっと不便になった。「それでも、ただ海の近くに住んでみたかったから」と、雅之さんは照れながら言うが、「犬のため」という側面も相当に決断に影響したはずだ。雅之さんは、やがてカヌーなどのマリンスポーツにはまり、今やすっかり湘南ライフをエンジョイする。一方、ベーブは水が大嫌いで、海には絶対入らないというのはご愛嬌。何はともあれ、明るい陽の光が降り注ぎ、潮風香るのんびりとした環境は、以前の団地での息を潜めるような暮らしとは雲泥の差だった。 異変が起きたのは、葉山に移ってから2年余りが過ぎたある朝のこと。「おはよう」と言ったその先に、その場に座り込んで固まって震えるベーブの姿があった。「少なくとも、僕たちが気づく兆候はありませんでした。いきなりでした」。ヘルニアだと分かると、当時は「48時間以内に手術しないと回復が難しくなる」という説が有力だったこともあり、とにかく一番近い動物病院に駆け込んで手術を決断。しかし、退院後もベーブは後ろ足で立ち上がることはなかった。