12月の歌舞伎座は『あらしのよるに』『天守物語』など人気作が勢揃い
ホリデーシーズンを迎えてにぎわう東京・歌舞伎座では、「十二月大歌舞伎」が好評上演中だ。今年も二部制(昼の部・夜の部)ではなく三部制での上演。第一部(11時開演)は、歌舞伎座では8年ぶりとなる『あらしのよるに』。第二部(15時開演)は、『加賀鳶(かがとび)』と、舞踊『鷺娘』。そして第三部(18時20分開演)は、舞踊『舞鶴雪月花(ぶかくせつげっか)』と、名作『天守物語』。歌舞伎ファンだけでなく歌舞伎ビギナーも、さらに家族連れからカップルまでも楽しめる多彩なラインナップだ。 【全ての写真】「十二月大歌舞伎」より 今回は、第一部の『あらしのよるに』をピックアップ。原作はきむらゆういちの絵本「あらしのよるに」(1994年刊)で、狼のがぶと山羊のめいが奇跡的な友情を育む物語だ。中村獅童主演の歌舞伎版は、2015年に南座で初演。原作の世界観や言葉遣い、動物たちの佇まいはそのままに、歌舞伎の技法を駆使した演出で一躍人気作に。その後、歌舞伎座や博多座で再演を重ね、今年は「絵本発刊30周年記念」として9月の南座に続いての上演となる。 物語は冒頭、過去の幼いがぶ(中村夏幹)と、幼いめい(中村陽喜)の様子がそれぞれ描かれる。狼の一族と山羊の一族が争う中、がぶは父を、めいは母を亡くしていたのだ。それから数年後。嵐の夜、小屋に身を寄せているめい(尾上菊之助)のところへ、がぶ(獅童)が迷い込んでくる。暗闇で互いの姿が見えず、嵐で鼻も利かないふたりは、“似た者同士”と感じて意気投合。合言葉を「あらしのよるに」と決めて、再会を約束する。翌日、喜びいさんで小屋にやってくるがぶとめいだが、明るい陽の下で初めて互いの正体を知ると……。 獅童は長身に黒い狼風の衣裳がよく似合い、顔は隈取も描き込んだコワモテ。ところが幸福草(四つ葉のクローバー)を大切にしたり、巣から落ちた雛鳥を助けたりと、“狼らしくない”ことから、一族のつまはじきになっている。だからこそ、めいのことも「おいしそう」と思ってしまいつつ、「やっと見つけた大切な友だち」の気持ちが辛くも勝るのに説得力がある。獅童は両方の気持ちで揺れ動くがぶを、愛嬌たっぷりに好演。 一方で、父が遺した「お前はお前らしく生きれば良い」という言葉は常にがぶの中にある。種族とは、友愛とは、そして自分とはといった命題に、徐々に対峙してゆくがぶ。笑って楽しめるエンタメ作でありながら、そんなテーマも垣間見える“現代の寓話”となっているのが、本作が何度も再演を重ねている理由だろう。優秀な新作歌舞伎の脚本に贈られる大谷竹次郎賞を受賞しているのも納得だ(2015年、脚本は今井豊茂)。 菊之助は今回が初めてのめい役。一族のみい姫(中村米吉)やたぷ(坂東亀蔵)とは乳兄弟というノーブルな生まれだが、こちらもハマり役だ。前半、がぶにジッと見つめられると恐怖でプルプルと震える様子がいかにも山羊らしく、微笑ましい。それでもクライマックスでは、がぶの父を殺して狼一族の長に収まっているぎろ(尾上松緑)にがぶと共に立ち向かうなど、凛とした貴公子らしさを発揮。獅童と菊之助という対照的な持ち味が役に重なりつつ活きた印象だ。 悪どいぎろを演じる松緑は、さすがの貫禄。山羊の一族を襲った時に片耳を失っているのだが、その山羊というのが実は……という“因果応報”のくだりは歌舞伎の香りが漂う。さらに狼のおばばに市村萬次郎、ぎろの悪事を握るがいに河原崎権十郎、絵師に市川門之助、山羊のおじじに市村橘太郎と、手練の配役が物語に厚みをもたらしているのは言うまでもない。 また、ぎろの手下・ばりい役の澤村精四郎は、本作で襲名披露。澤村國矢として古典作品だけでなく、獅童と共に本作やバーチャル・シンガー初音ミクとの“超歌舞伎”などを人気作に押し上げた精四郎。劇中口上ではこれまでの紆余曲折に触れ涙ぐむ場面もあり、客席からは温かい拍手が送られていた。 迫力ある立廻りや、客席を使っての往来など、歌舞伎版『あらしのよるに』は見どころ満載。まさに“年忘れの娯楽作”として老若男女が楽しめる1本だ。