NTT×東レの機能素材「hitoe」、共同開発を実現させた“奇策”とは
これに応募してきたのが、日本を代表する素材メーカーの東レでした。東レは極細な繊維を作る「ナノファイバー技術」を持っていました。直径150ナノメートルの超極細繊維技術です。東レはこの技術をビジネスに活かす方法を模索していたそうです。 NTTの研究段階では、表面にコーティングする手法を採っていました。これに対し、東レは繊維加工のノウハウを生かした特殊な前処理コーティングを組み合わせる提案をしたそうです。これにより、生体情報の取得精度は格段に向上しました。東レが提案した前処理コーティングを行うと、電気を伝える導電性高分子が落ちにくくなり、汗にも強く、耐久性が増し、肌触りも良くなったそうです。 このように、NTTだけでは生体情報連続計測技術の実用化は難しかったわけですが、これにはNTTに限らず基礎技術研究が持つ宿命のような側面があります。 例えば、大学で画期的な基礎技術を開発して社会実装を目指した産学連携をしようとした時、その技術が実用化からほど遠いレベルだった場合、民間企業の技術を応用しても製品化まで到達できないケースがあります。 大学の基礎技術と民間企業が持つ応用技術の間には、一定の距離があります。基礎的な技術を応用するには、その中間にある技術課題を解決するもう1つの技術が必要になるケースがあるのです。それを本書では「実用化のための中間技術課題」と呼びます。「hitoe®」のケースでは、東レの技術が中間技術課題の解決に役立ちました。これにより、製品化につながる「生体信号計測縫製技術」を開発できたわけです。 逆に見ると、NTTが日本のモノづくりの常識では奇策とも言える「公募」という形を採り、オープンイノベーションで解決する決断をしたからこそ、用途を見出せず宝の持ち腐れになる可能性があったナノファイバー技術が日の目を見たと言えます。 このように、両社が強みを持ち寄り、一社では不可能なことを可能にするのがオープンイノベーションです。NTTの公募が東レの技術を開花させ、東レの提案がNTTの技術を開花させました。この実現には、技術以前に、NTTのオープン化思考と、東レの担当者による「技術を活かしたい」という情熱と提案力があったとも言えるでしょう。 ■ 自社の強みを把握していたか 東レがNTTに提案できたのは、ナノファイバー技術という自社の強みを把握できていたからです。一方で、NTTも繊維導電化の基礎技術を持ち、心拍データを計測して体調をモニタリングするところまでのノウハウを有していました。 NTTと東レは、お互いの強みに対して敬意を抱いていたそうです。だからこそ、対等に学びあう関係になれたわけです。 NTTと東レは技術だけでなく、お互いのビジネス構造も学びあいました。例えば、NTTの人たちは繊維を活かしたウェアのコスト構造を知りませんでした。ウェアを製造する際の原価だけでなく、流通や在庫リスクなど、様々なコストがあることを東レから学びました。一方で、東レは生体情報計測技術を活かした製品を作ることはできても、その製品でサービスを展開するためのITシステムのコスト構造を知りませんでした。問い合わせ対応など、システムを運用するためのコスト構造をNTTから学びました。 お互いの強みが明確になっているからこそ、相手から「何を学べるか」が明確になります。しかし、モノづくり企業の中には、自社の強み、特に技術的な強みを把握できていない企業が意外と多いのです。
古庄 宏臣/川崎 真一