【書評】ぐらつく価値観、ゆらぐ自分:角田光代著『方舟を燃やす』
真実と嘘の境目にあるものとは
フェイクニュースという言葉は、もうずいぶん広まった。 SNSやAIという、過去にはなかったIT技術によって、フェイクニュース、つまり情報の捏造(ねつぞう)は広がり、真実と嘘の境目はどこまでも曖昧になっている。 でも、真実と嘘の境が分からないまま噂(だとされたもの)が広がり、多くの人間がそれを信じ、翻弄(ほんろう)されていく構造そのものは、実はずっと昔から変わっていないのではないか。 ノストラダムスの大予言と、コロナウイルスワクチンをめぐる言説と、何が違うのだろう。 ほら、あなただって賢そうにしているけど、何が正しいのか本当に分かっているの?分かってないでしょう?いま何かが起きたら、どうやって行動するの? 第2部の終盤、スピードをあげて進む物語は、そう読者に問いかけているようだ。 いま自分が信じている何かは、真実なのか、嘘なのか。自分は何をよりどころにして生きているのか。足元がぐらつくような問いを投げ掛けられた気分だ。
【Profile】
幸脇 啓子 編集者。東京大学文学部卒業後、文藝春秋で『Sports Graphic Number』などを経て、『文藝春秋』で編集次長を務める。2017年、独立。スポーツや文化、経済の取材を重ね、ノンフィクション作品に魅了される。22年春より、長野県軽井沢町在住