「自分はアスペ?」診察に来た27歳男性を前に、精神科医が尋ねたこと、考えたこと
無理に「障害」にあてはめるメリットは少ない
裕介の心理検査は、AQの結果は多少高めながらも、飛び抜けて高いというわけではない。WAISの項目間のばらつきが、あえて言えば傍証である。 こういうグレーな結果を前にすると、医学的に厳密な診断を検討して、下された診断を告げることが、果たして裕介の利益になるのだろうかと考えてしまう。早めに治療したほうがいい病気ならば、早く説明するにこしたことはない。しかし、裕介の場合は、どういう説明と対処をとったほうが、彼の今後に役立つのであろうか。 血液検査の結果などと異なり、精神科の検査の説明は、患者に対してデリケートな配慮を要することが多い。何より検査結果の解釈がはっきりしないものを、患者に明確に説明するのも無理があるが、「あなたの脳(こころ)には、こういう大変な異常が見つかりました」と言われたならば、ショックを受けない人はいないだろう。 裕介については、対人関係、コミュニケーションの問題に加えて、他人の思考や感情を思いやる社会的想像性に難があることは間違いない。ただ、幼少期からの発達特性は不明である。 これで日常生活に大きな支障が生じていれば、発達障害としてもいいのかもしれないが、裕介の場合は曲がりなりにも会社を含めた社会で、今のところは重大な問題なく機能しているようである。これを無理に「障害」にあてはめるメリットは少ないのではないだろうか。 診察時刻が迫るにつれ、電子カルテを見ながらどのように裕介に話したらいいのか、わたしの頭の中でのシミュレーションが行われたが、当然ドラマのようにシナリオを書くというわけにはいかない。 相手の反応は、シナリオ通りにいくわけではない。あくまで、検査結果の説明であろうと、面接はいわゆる「生もの」である。ストーリーを大まかに組み立てた程度で、診察に臨むことにした。 *** この記事の後編では、引き続き『自分の「異常性」に気づかない人たち』(草思社)より、西多医師がいかに祐介に検査結果を伝えたか。そしてアスペルガーの5つの症状や、現代社会における立ち位置について解説する。
【著者の紹介】 西多昌規(にしだ・まさき) 早稲田大学教授、早稲田大学睡眠研究所所長、精神科医。1970年石川県生まれ、東京医科歯科大学卒業。国立精神・神経医療研究センター病院、ハーバード大学客員研究員、自治医科大学講師、スタンフォード大学客員講師などを経て、早稲田大学スポーツ科学学術院・教授。日本精神神経学会精神科専門医、日本睡眠学会総合専門医、日本スポーツ協会公認スポーツドクターなど。専門は睡眠医学、精神医学、身体運動とメンタルヘルス、アスリートのメンタルケア。著書に『眠っている間に体の中で何が起こっているのか』(草思社)、『休む技術』(大和書房)ほか多数。 デイリー新潮編集部
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