「自分はアスペ?」診察に来た27歳男性を前に、精神科医が尋ねたこと、考えたこと
こんな部下がいたら扱いづらいだろう
「検査の前に、子どもの頃のあなたの様子や、今の生活で困っていることを確かめないといけません。今現在、困っていることは具体的にはどんなことでしょうかね」 「えっ、困っているというと、仕事でですか、私生活でですか?」 「まずは仕事からにしましょうか」 「いろいろあるんですが、職場の非効率性ですかね。プロジェクトは、KGI(注:重要目標達成指標)じゃなくて、KPI(注:重要業績評価指標)で評価しなければならないんですよ」 「最近読んだ本に感化されて、週に2回は何があっても定時退社することにしているんです。課長が怒ってきたときがありましたが、『そんなことだから生産性が上がらないんです』と苦言を呈しておきました」 こんな部下がいたら、さぞかし扱いづらいだろう。 「人間関係のストレスでうつになる人も多いんですが、森田さんはその点はどうですか?」 「厳しい人もいますが、自分では円滑につきあっていると思います。上司も理解があります」 上司の苦労を想像できる力はないようだが、若者ならば仕方がない部分もあるだろう。 「子どもの頃はどういう子どもでした?」 「親は手のかからない子だと言っていましたね」 発達障害の診断には、生育歴が欠かせない。しかし、本人に訊いても子どもの頃のことなど忘れてしまっていて、参考にならないことが多い。よく通知表が参考になるとは言うが、最近の通知表は悪い評価をつけると保護者からクレームがあるせいか、評価が均等化している上に生徒の問題点を指摘するのを避けている傾向があり、これも昔ほど証拠能力があるとは言えなくなっている。
人づきあいは上手ではなさそう
「大学生の頃は、サークルとか入っていましたか?」 このとき、裕介の顔がやや曇った。 「実は……何もしていなかったんです。キャンパスライフというものに憧れて、ちょっとだけテニスサークルに入っていたんですが、女性と話が合わないので、行きたくなくなってしまいました。合宿で夜通し話すのも、苦手でしたし」 サークル活動をしない学生は増えているが、どうも人づきあいは上手ではなさそうだ。この時点で、裕介には独特の思考・行動の傾向があることはわかったが、それが障害レベルなのか、個性の範囲内なのかは、まだわからなかった。そして、正常と異常の線引きが今後医学的にはっきりできるのか、それもまだわからない。 「心理検査の予約をとりましょう。ただ、心理検査の結果だけで診断が決まるわけではないことは、承知しておいてください」 「わかりました。ネットでも、そう書いてありました」 心理検査の万能性にひと言釘を刺して、裕介との初診面接を終了した。裕介は退室するときに、一瞬だけわたしと視線を合わせた。