「自分はアスペ?」診察に来た27歳男性を前に、精神科医が尋ねたこと、考えたこと
心理検査をしてみたが
「先生、森田さんの心理検査の結果が出ました」 高尾心理士が、医局でわたしに声をかけてきた。裕介の初診から、2ヶ月ほどが経っていた。当座は困っている症状も見当たらないので、2度目の診察は、心理検査の結果が出てからにしようということで、裕介も合意したのだった。 「どうだったかな」 「うーん、微妙ですね」 「WAISとAQをやってみましたが、間違いなくアスペルガーというほどではないですね」 WAISとは、国際的に広く使われているウェクスラー知能検査のことである。しばしば耳にするIQ(知能指数)は、この検査から算出される。 「IQは119でした。学歴通りですね」 高学歴者は、雑学を含めた知識量が豊富である。IQが高く出るのは自然である。むしろ、高いIQの発達障害者は、現代国語はさっぱりできないが数学はダントツというように、WAISの中での項目間に差が激しいことがよくある。 具体的には、「オランダの首都」など「知識」の項目は予想通り優秀である。しかし、紙芝居のようないくつかのカードを、ストーリーが完成するように並べ替える「絵画配列」という項目は、正直かなりお寒い得点数だ。 「得意不得意は相当はっきりしているということだな」 「絵画配列が苦手なのは、典型的かもしれません」 「じゃあ、AQも高めだよね」 「そうなんですが、これくらいの人はよくいますよね」 高尾心理士はにっこり微笑んで、検査結果の放つ異常性を和らげようとした。ちなみにAQとは、自閉症スペクトラム指数の略で、ケンブリッジ大学が作成した50個の質問によるアスペルガー診断テストである。 「高尾さんには悪いけど、心理検査というのはいつも決め手に欠けるね。いやいや、悪気があるわけじゃないんだけど」 「いつもすみません」 高尾心理士は爽やかな笑顔で、わたしの毒舌をいなしてくれた。いつもながら、アスペルガー障害が血液検査、あるいはMRIや脳波などの異常によって診断できれば、どれほどクリアカットなことだろうと思う。