「自分はアスペ?」診察に来た27歳男性を前に、精神科医が尋ねたこと、考えたこと
その日、精神科医で医学博士の西多昌規氏の診察室を訪れたのは、27歳の男性会社員。職場で「お前は本当に空気読めないな。アスペなんじゃないか」と言われ、検査を求めやってきたのだった。年々増えているという「大人の発達障害」。西多医師が実際に臨床現場で出会った青年を例に、その診察風景やアスペルガー障害(正式名:自閉症スペクトラム症)の症状・特徴について解説する。 【マンガ】精神科医や臨床心理学者らが監修した「自殺コミック」 (前後編の前編) *** ※この記事は、『自分の「異常性」に気づかない人たち』(西多昌規著、草思社)の内容をもとに、一部を抜粋/編集してお伝えしています。
わたしは発達障害?
今日の新患は、森田裕介(仮名)という27歳の男性である。名前、年齢の下にある主訴の記入欄には、こう書かれている。 「発達障害かどうか調べてほしい」 わたしは、「またか……最近多いな」と思った。「発達障害疑い」「発達障害の精査目的」という受診理由は、たしかに増えてきている。 問診票で目を惹くのは、学歴・職歴である。裕介は、偏差値でもトップレベルの旧帝国大学の工学部を出ている。さらに、母校の大学院を卒業後、一部上場もしている有名な商社に勤めている。他人から見れば知的にも高いエリート層で、社会的な成功は約束されたかのように見える。 受付の小窓から待合室をのぞくと、スーツを着た青年がスマホをいじっているのが見える。平日の午前中の患者で、スーツを着た若い男性はあまりいない。とすれば、彼が裕介に違いない。たしかに外見上は、どこにでもいるような、普通の青年である。 わたしは問診票の記載事項を電子カルテにある程度記載し、準備を整えた上で裕介に診察室に入るよう、マイクでアナウンスした。
独特の思考と行動の傾向
「失礼します」という声と同時に、診察室のドアが開いた。中肉中背の若者が、一礼して入ってきた。 「はじめまして、わたしは今日担当する西多と申します」 「よろしくお願いします」 初対面の挨拶も問題はないが、診察室の彼方を細い眼でキョロキョロ見ていて、視線を合わせてくれない。もっとも、日本人では、アイコンタクトをちゃんととって会話をする人のほうが少ないかもしれない。 「発達障害かどうか、ということですね。どうしてそのように思われたんですか?」 「ネットや本の情報をいろいろ調査して、ほとんどが自分に該当していると思いました。上司や同僚からも、『お前は本当に空気読めないな。アスペなんじゃないか』って、よく言われるんです。善は急げで、インターネットで調べて見つけたクリニックに早速受診してみたんです。そこでは精密な心理検査ができなかったので、紹介状を書くから大学病院に行ってくださいと言われました」 受診することが善なのだろうか、というわたしの戸惑いなど気にしないかのように、裕介は話を続けた。どことなく爬虫類系の顔で、感情が表情に出にくそうな裕介だが、やや目尻がピクピク振動しているところからも、緊張は十分こちらに伝わってくる。