杉咲花×ミヤタ廉×浅田智穂による『52ヘルツのクジラたち』鼎談。トランスジェンダーの表象と、日本映画界の課題
「業界全体の意識改革が行なわれていってほしい」
ー今後日本の映画やドラマにおけるLGBTQ+の表象をより正しく描いていくために何が必要だと思いますか? 杉咲:何よりまず制作に関わる人間がしっかりと勉強することだと思います。そして今回のミヤタさんや浅田さん、佑真くんのように、多種多様な視点を持たれる方々の意見に耳を傾けながら、力の限りを尽くす努力を怠らないこと。 それから、観客一人ひとりの感覚を信じることも私はとても大事だと思っていて。昨今のテレビやYouTubeなどでは「号泣、爆笑、感動」といったわかりやすい言葉が目につく機会が増えている気がするし、その明確さが人を惹きつけて評価されやすい時代なのだと思うんです。でもそういう言葉だけでは表現しきれない、人間の複雑な感情を生活者たちは知っているはずで。そこに潜り込んで、自分だけの正解を見つけ出す2時間があってもいいと思うんですよね。 そのわからなさの先に広がる想像力こそが、誰かへの優しさにつながるんじゃないかって。そうやって、観客が映画館を出たあとのことに思いを馳せながら作品づくりをすることが大切なのではないかと思っています。 ミヤタ:俳優だけでなく多様なスタッフを入れていくことも必要だと思う。でも最近の撮影現場を見ていると、男性社会だったものが徐々に変わりつつある印象を受けます。 浅田:女性が少しずつ増えてきていますね。本当に徐々にですが、以前より発言もしやすくなってきていると思いますし。 杉咲:リスペクトトレーニングも少しずつ増えてきましたよね。 ー環境を変えていくためにもICやIDが入る作品をどんどん増やしていく必要がありますね。 杉咲:インティマシーシーンがある作品で、ICがいない現場は考えられないです。そう思ってる俳優は多いのではないかと思います。でもそれが厳しい場合も可能なかぎりクローズドな空間をつくったり、できることはあると思うので、そこに向けて業界全体の意識改革が行なわれていくことを願います。 浅田:ハリウッドにおいてもICはまだ必須ではないんです。最大限入れる努力はしましょうと推奨されてはいますが、マストではない。ではなぜほとんどの作品にICがいるかというと、俳優部がICを入れないとやらないって言ってるんですよね。 日本においてもICがいて良かったという俳優の声が増えれば増えるほどICも入りやすくなるので、もっとその声が広まってほしいですよね。それにより演技の質が上がり、作品も良くなってくると思うので。 ー最近『哀れなるものたち』のヨルゴス・ランティモス監督と『ボーはおそれている』のアリ・アスター監督が、対談で「現場にICが入ることで不安が取り除かれた」と話をしていました。そうやって監督や俳優、観客のそれぞれの立場からICやIDを入れて欲しいと積極的に声を上げていきたいですね。 浅田:じつは本作のポスターにはミヤタさんと私もクレジットされているんです。そこにIDやICの名前があるだけで安心感を持つ人がいると思うので、その意味は大きいと思います。 ミヤタ:宣伝は、制作と同じぐらい重要だと考えています。俳優や監督、そして宣伝スタッフの方たちが安心して情報を発信できるよう宣伝の際に誤解なき伝え方を助言したりアドバイスする存在を積極的に入れてもらいたいなと。そうすれば発信する側も受け取る側も安心して作品と向き合うことができると思うので。 ―俳優や映画業界の制作者の方々のなかに、問題意識を持ち、変えようとしている方たちがいるということを、皆さんの話を聞いてあらためて感じました。問題を伝えること、変えようとしている人たちの声を届けることはメディアの大切な役目なので、今後もしっかり発信をしていきたいと感じています。今日は本当にありがとうございました。
インタビュー・テキスト by ISO / 撮影 by タケシタトモヒロ / リードテキスト・編集 by 生田綾