杉咲花×ミヤタ廉×浅田智穂による『52ヘルツのクジラたち』鼎談。トランスジェンダーの表象と、日本映画界の課題
「できるなら作品が誰かを癒したり、安心させるものになってほしい」
ーミヤタさんにとってLGBTQ+インクルーシブディレクターの作品は『エゴイスト』、『ストレンジ』に続き3度目となりますが、作り手側の意識の変化は感じましたか? ミヤタ:制作現場には、数多くの人物が関わっているので、いろいろな人がいます。性的マイノリティに限ったことではないですが、世の中の変化について驚くほど無関心な人もいらっしゃいます。 制作陣も宣伝も、慣れないことで、このように必要に応じた監修をしっかり入れて丁寧に制作することに「これは正解なのか?」「興行収入に繋がるのか?」など不安になることもあると思います。 でもそのあと、主にSNSを通して観客の反応を見ることで世の中が変化していることを実感されてもいるようです。 杉咲:私も含め、制作陣がもっと努力をしていくべきですよね。当事者の声や日々変わりゆく価値観にアンテナを張っていかないと、現代を描いた物語にリアリティは感じられないと思うんです。 ー今回の鼎談は、杉咲さんの声がけから実現しました。杉咲さんがそのように考え、発信したいと思ったきっかけは何でしょうか? 杉咲:以前にも、LGBTQ+表象について議論が起こる現場で仕事をしたことがありました。そのときにシスジェンダー・異性愛が前提となる社会規範に対して、自分は疑問を抱いていたんだという感覚が輪郭をなしたんです。そこから少し経ったタイミングで本作のオファーをいただき、使命のようなものを感じたといいますか。 私は、これまで日本の映像作品で傷つけられてしまった経験がある人に、もう少しだけ作り手を信じてみようと思ってほしいんです。できることなら作品が一人でも多くの心や誰かを癒したり、安心させられるものになってほしいという気持ちがあります。『エゴイスト』を観てミヤタさんの存在を知って、当事者や専門性のある方と一緒につくりあげていくことがもっと広まってほしいと思いましたし、良い影響を少しでも広げていきたいという思いでした。 浅田:日本では知名度のある方はなかなか政治的な発信ができないじゃないですか。そんな風潮のなかで、杉咲さんがしっかり意見を持って発言してくれることはとても意義のあることだと思います。 ミヤタ:今回お話をいただいたときに、正直お引き受けするか、かなり悩みました。原作者であります町田そのこさんの揺るぎないメッセージは心強く受け入れつつ、映像という世界線で表したとき、誰かのトラウマを呼び起こす可能性もある。そうした人をなるべく出さぬよう多方面から提案していく役割を担うことがはたして僕にできるのか? と。答えが出せぬまま杉咲さんと初めてお会いして、矢面に立つ杉咲さんの覚悟がどれだけのものかが伝わってきて、これは断れないし、今後たくさんのLGBTQ+のキャラクターが登場する作品がつくられていくことを願う身として、断ってはいけないと思いました。