杉咲花×ミヤタ廉×浅田智穂による『52ヘルツのクジラたち』鼎談。トランスジェンダーの表象と、日本映画界の課題
本作で描かれた、トランスジェンダー男性の表象について
ー今回、トランスジェンダーの表象をめぐって監督やプロデューサーとはどのようなお話をされたのでしょうか? 杉咲:つねに軸としてあったのは、「一人でも多くの観客が居場所を感じられる作品であってほしい」ということでした。これまでの映像作品において多くの痛みを背負わされてきた歴史を持つ当事者がいるなかで、やっぱりその表象は変わっていかなければいけないという思いが私の根底にあって。 例えば、性的マイノリティの悲劇的な物語を見ながら涙してしまうとき、それは自分のジェンダーやセクシュアリティについて悩んだり、世間の偏見や差別に傷ついたり、生死を脅かされるような経験をしたことがない安全圏にたまたまいたということからきているのかもしれないと思うんです。私はそれを容易に感動と呼んではいけないと思っていて。当事者たちの境遇を“消費”してしまっているかもしれないという恐れを抱いています。 どうやって話したらいいかすごく迷っているんですが……本作では、安吾がトランス男性であることを種明かし的に描く構造にはするべきではないと思っていました。だから、それを宣伝で明かすかについては監督やプロデューサー、宣伝部をはじめとする制作の中心に携わる方々と何度も議論を重ねました。人のアイデンティティは、物語を盛り上げるために消費する「ネタ」ではないのではないかと。だからこそ、時として言われるような「ネタバレ」として扱ってしまうことを見つめ直したい気持ちがあって。 ー安吾がトランスジェンダーであることが序盤でわかるのは原作との違いですし、キャスティングが発表される宣伝の段階でも、安吾がトランスジェンダー男性であることが明かされていました。そこは大きな変化ですよね。 浅田:今回は私も議論にも参加させてもらったのですが、その点は撮影準備の期間から議論を重ねた点でした。なぜそれが大切なのかを何度も話し合って、最終的には一番良いと思うかたちになったと思います。 ミヤタ:熱い議論も多くありましたが、成島監督がつねに理解したいという姿勢でいてくれたのでとても話しやすかったですね。だからこそ最後までやっていけたんだと思います。 浅田:それは大きいですよね。議論すらできない監督もいますし。成島監督はICを『ファミリア』で入れて、今回また依頼してくださったということがまず私は嬉しかったです。 杉咲:ICが入ることで、確認ごとや新しいルールなどが増えていきます。そこにはもちろん時間や労力も比例するわけで。でもその時間が物語を制作していくうえで重要なことであると認識されたから浅田さんをもう一度必要とされたのではないかと想像して。私は、そんな監督のことを心から信頼していました。