杉咲花×ミヤタ廉×浅田智穂による『52ヘルツのクジラたち』鼎談。トランスジェンダーの表象と、日本映画界の課題
インティマシーコーディネーターは「心から信頼のおける、とても心強い存在」だった
ー杉咲さんは今回初めてICとIDのいる作品に参加されたそうですが、お二人と仕事をしていかがでしたか? 杉咲:これまで俳優の身体的・精神的なケアを主な役割として現場にいてくださる方はいなかったので、浅田さんと過ごしたすべての時間が画期的でした。台詞ひとつひとつを追いかけてどの部分をインティマシーシーンにするかを映像資料を交えながら一緒に擦り合わせをしてくださったんです。 具体的にどこからがNGなのかを自分で決められて、できないことは「できない」と言っていいんだ、ということが驚きでした。「撮影当日でも俳優はノーと言える権利があるんです」と伝えられたとき、本当にびっくりして。 なによりICの本質的な役割は、俳優の味方としていてくださるだけでなく、作品を良くするための尽力だと感じたんです。本当に心強い存在でした。 浅田:ありがとうございます。 杉咲:ミヤタさんは知識や情報をもとに、一歩引いた客観的な視点から作品を捉えてくださっていました。ミヤタさんにしかない鋭さや厳しさがあって、何度もハッとさせられました。クィアな表象にとどまらず、作品をより多くの人に届けることを突き詰めてくれて。現場の在り方を変え、作品を掘り下げていってくださる姿勢を尊敬しています。お二人と同じ方向をみて一歩一歩を歩めた時間は本当に宝のようで、ありがたい日々でした。 浅田:我々の役割は、俳優が最高のパフォーマンスを出せるようにサポートすること。まだ出来て間もない仕事だからこそ、たくさんの可能性を秘めていると思うんです。特に、今回のように脚本が完成する前から作品に関われたことは私も光栄ですし、今後も制作チーム内でたくさんの議論が行なわれる、このような作品づくりが増えていくと良いなと思いますね。 杉咲:現場が建設的で健全になるんですよね。お二人が活躍できる場が増えていくためにも、ICやIDが必要だという認識がもっと広まってほしいと思います。 浅田:そうなると良いですよね。まだまだ邪魔者扱いされることがゼロではないなか、今回は成島監督が私やミヤタさんの意見にしっかりと耳を傾けてくれたので、本当に健全な現場だったと思います。 ーICやIDがいることで、俳優の皆さんがこれだけ安心して演じられるということはもっと知られてほしいですね。本作でトランスジェンダー監修として参加された若林さんは監修以外にどのようなお仕事をされていたんでしょうか? ミヤタ:若林さんは監督やプロデューサーと東京レインボープライドに参加したり、志尊さんと一緒にトランス男性が経営しているお店にお邪魔して当事者の方たちとお話しする機会を設けたりしていました。若林さん自身も役者なので脚本に関して非常に感度が高くて、気になる部分は徹底的に監督とお話していました。彼なくしてこの作品は完成しなかったのではないかと思います。