杉咲花×ミヤタ廉×浅田智穂による『52ヘルツのクジラたち』鼎談。トランスジェンダーの表象と、日本映画界の課題
本作でのインティマシーコーディネーター、LGBTQ+インクルーシブディレクターの役割
ー今回ICとLGBTQ+インクルーシブディレクター(ID)のお二方は、具体的にどのようなお仕事をされたのでしょうか? 浅田:ICは、まず脚本の中からインティマシーシーンだと思われるところをピックアップして、監督にヒアリングを行ないます。その内容について俳優の皆さんと一つずつ話をして、同意を得て、当日は同意を得た内容しか撮影しませんし、撮影中の皆さんのケアも行なう……というのが基本的な役割なのですが、『ファミリア』(2023)でもご一緒した成島出監督の意向で、今回は直しの段階から脚本を読ませていただくことができたんです。 脚本が完成する前から「貴瑚は性的なこと/身体的なことをどこまで、どのようにするか」を監督と杉咲さんとしっかりお話をして物語に反映していったというのがこれまでの仕事とは異なりましたね。 ー作品によって柔軟に役割を変えられているんですね。 浅田:日本では具体的なルールがない中でICをやっているので、求められたうえで私ができることなら何でもしたいと考えているんです。とても有意義な現場だったと思いますし、今後も自分ができることならなんでも協力して良い作品づくりをしていきたいです。 ミヤタ廉(以下、ミヤタ):本作にはトランスジェンダー男性の描き方について、俳優の若林佑真さんが監修に入っています。若林さんは脚本においては当事者の目線で気づきや違和感を細部にわたって制作陣に共有したり、重要なシーンでは現場にも立ち合い、安吾役を演じた志尊淳さんと二人三脚で役作りを行なったりしていました。 一方、僕は今回IDとして撮影には携わることはなく、主に脚本の制作に参加させていただきました。若林さんが監修として参加されるということを知る前でしたが、僕が参加すると決めた後に、トランスジェンダー男性の登場人物を描くことについてのプレゼンを行ないました。近年の映画作品の中でのトランスジェンダー男性のキャラクターが登場する作品について、それらが世間にどう評価されたのか、等もまとめまして。初回からとにかくお互いが納得するまで話し合いました。 ー脚本にはどのように関わられたのでしょうか? ミヤタ:若林さんとともに、若林さんはトランス男性当事者という立場から、僕は性的マイノリティではあるものの、トランス男性当事者ではないので、知人友人を参考にしつつ、トランスジェンダーをめぐる表象のあり方や、マジョリティの観客の心の置き場も同時に想定しながら全体を俯瞰的に見て、いかに安吾の台詞や行動にリアリティを持たせていくのかを話し合い、監督たちに共有していきました。若林さんは当事者という立場から、そして自分は当事者ではないので、周りの人を参考にしつつ、客観的な立場から。原作で読むのと映像で見るのはまったく異なるということをふまえ、できるだけ人を傷つけない作品にしたいという思いがありましたし、同時にエンタメとしても成立しなくてはいけない。そのうえで、この物語が訴えたいことをどうすれば伝えられるのかを性的マイノリティ側の目線から判断していきました。 浅田:LGBTQ+の登場人物を描くときに、やはり当事者ではないとわからないことがたくさんあるので、当事者の意見が反映されることはとても重要だと思います。同時に当事者の意見を尊重しながら、エンタメであることも同時に意識して、包括的に考えるからこそLGBTQ+インクルーシブディレクターという名前なんですよね。 ミヤタ:『エゴイスト』でも鈴木亮平さん演じる浩輔のキャラクターがステレオタイプな描き方ではないかという声もあったんです。意見として真摯に受け止めつつ、僕らは浩輔がどのように生き、何を見て、どんな痛みを感じそのような人間になったかを想定したうえで、言葉遣いや所作を決めています。決して何も考えず「ゲイだから」、本作でいえば「トランス男性だから」と決めているわけではありません。IDを名乗り活動する以上は、性的マイノリティの人に信用してもらえるように提案をすることは勿論ですが、マジョリティのキャストやスタッフ、そして観客の皆様にも同じように信頼をしてもらえる提案の重要性を今回の現場であらためて強く感じました。