杉咲花×ミヤタ廉×浅田智穂による『52ヘルツのクジラたち』鼎談。トランスジェンダーの表象と、日本映画界の課題
町田そのこによる同名小説を原作とする映画『52ヘルツのクジラたち』が3月1日、公開された。 【画像】自身の希望で脚本打ち合わせにも参加したという杉咲花 親から虐待を受けながら義父の介護を強いられ、自由を奪われた主人公・三島貴瑚(みしま きこ)役を、杉咲花が演じている。そんな貴瑚に手を差しのべ、物語の鍵を握るのがトランスジェンダー男性である「アンさん」こと岡田安吾(志尊淳)だ。 映画やドラマでのトランスジェンダーの描き方をめぐっては、当事者の俳優がキャスティングされる機会が少ないという現状や、非当事者が役を演じることで実像からかけ離れたイメージが広がり、誤った偏見を観客に植え付けてしまうといった問題などが指摘されてきた。当事者の監修やLGBTQ+インクルーシブディレクターが参加した本作でも、キャスティングや安吾の描き方をめぐり、さまざまな議論があったという。 本作の制作はどのように進められ、どんな話し合いがあったのか。自身の希望で脚本打ち合わせにも参加したという杉咲花と、LGBTQ+インクルーシブディレクターのミヤタ廉、そしてインティマシーコーディネーターの浅田智穂の鼎談を通じて探る。
「繊細な物語を届けるために、誰とどのようにつくるのか」
ー杉咲さんはこの物語のどのような部分に惹かれて、本作への出演を決められたのでしょうか? 杉咲花(以下、杉咲):正直、最初はお受けするかどうかとても迷っていたのですが、横山プロデューサーや成島監督とお会いして話し合いを重ねていくなかで、できる限り人々に寄り添った物語を作りたいという熱意を感じ、いまの自分たちにできることをやりきりたいと思いました。その他にも理由はいくつかあるのですが、脚本を読んだ母が『52ヘルツのクジラ』の存在や「人は望めば人生をやり直せる」という本作の持つテーマ性に共鳴していたことも大きかったです。 ー本作は虐待やヤングケアラー、トランスジェンダーに対する偏見など複雑に絡み合う社会問題を描く作品ですが、原作や脚本を読まれた際に作り手として気をつけようと思った点はありますか? 杉咲:私は現代社会を描く作品に携わるうえで、それが多様な生活者に届く可能性があるということをふまえて制作していくことが大事だと考えています。自分たちの生活の地続きとして、手触りを感じられる作品であってほしいという想いもあり、「現実で起きている困難な状況を隠すことはやめよう」という共通認識を念頭に、皆で人物像を深めていきました。 杉咲:また、物語をブラッシュアップすると同時に、どのように受け手に届けていくかも大切だと思っているんです。この作品では現代の社会をとりまく問題を扱うなかで、とても繊細でセンシティブな領域に踏み込んだ表現もあります。どうやってつくられた物語なのか、それをどう届けていきたいと考えているのか、作り手側の意識を伝えていく必要性も感じましたし、できるだけ安心した状態で映画館に来てもらうためにポスタービジュアルや宣伝方法にも丁寧に気を配ることや、公式サイトにトリガーウォーニングを掲載すること、パンフレットに用語集や相談窓口などを記載するなど、その方向性の議論を重ねていきましたよね。 浅田智穂(以下、浅田):皆さん熱意が凄かったですよね。杉咲さんのその思いがチームの共通認識だったので、普段だったらあまり口を出さないことにも私の意見を伝えることができる環境がありました。もちろんインティマシーコーディネーター(IC)としての役割をしっかり果たしたうえでですが。