“東京で最後の一軒”が守り続ける日常道具を買いに『岩井つづら屋』へ。
東京都内の駅名を「あ」から五十音順に選出し、その駅の気になる店やスポットなどをぶらりと周っていく連載企画「東京五十音散策」。「す」は水天宮前へ。
水天宮前から人形町方面へ。すき焼きの名店「人形町今半」や創業400年以上の和菓子店「玉英堂彦九郎」など、老舗の店舗が軒を連ねるこのエリア。取材当日の日曜のお昼は、観光をエンジョイする旅行客やハレの日を楽しむ着物姿のマダムたちの姿もちらほら。明治座まで続く「目抜き通り」ともいえる「甘酒横丁」を散策してみると、“東京で最後”のつづらの専門店『岩井つづら屋』が見えてくる。 東京五十音散策 水天宮前②
つづらとは、ざっくりいうと「収納箱」のこと。その成り立ちは「生類憐みの令」で知られる江戸幕府5将軍・徳川綱吉の時代。婚礼の道具として作り出され、庶民にも徐々に浸透した。その最盛期は明治・大正時代で、呉服の街としても名高いこの日本橋付近には、たくさんのつづら籠職人がいたんだとか。今では残すところ「岩井つづら屋」一軒になってしまった。
創業については「正確にはよくわからないんです。」というほどにこのお店には歴史が積もる。おおまかに文久の頃(1860年頃)に、人力で人を運ぶ江戸の“タクシー”、駕籠(かご)屋として始まったここは、いつしかつづらの製造をはじめ、現在は6代目・岩井良一さんがその仕事を引き継いでいる。取材日はその弟の恵三さん、直子さん夫妻が応じてくれた。
「製造方法は江戸から変わらないんです。ただ最近は、つづら屋を存続させるために、材料を集めるのが大変ですね。和紙や、縁に使うための蚊帳(かや)なども、古着屋さんやリサイクルショップを巡って探しています。蔵や押入れに眠る蚊帳があったらぜひ教えていただきたいです」
「つづらを作るために使っているのはほとんどが自然に由来するものなので、SDGsなんですよ。世の中のいろんなものがまさに循環して、ひとつのつづらができるんです。使っていただいたものはお直しもきくので、ずっと使えるんですよ。」
実際につづらを持ってみると、その軽さにびっくりする。大火の多かった江戸では、すぐに持ち運びできる箱が重宝されたんだとか。江戸や明治の話に限らず、その利便性や品の持続可能性は現代にこそ必要だ。かつての生活の姿を感じつつ、本でも、小物でも、服でも、ペットでも、なんでも受け入れる広い度量のあるその籠には、岩井さんの真心が既に”籠って”いる。ずっと昔から庶民に愛され、時間や流行を超越した、クラシックな一生ものの一品を、ぜひ手に取ってみては。
インフォメーション
『岩井つづら屋』 依頼があれば、通常2~3ヶ月で製造する。色は朱・溜(茶)・黒の3色から。店舗では月に一度の和雑貨市を開催(現在は休止中)。子箱や手作り雑貨が並び、つづらの購入にハードルが高い人でも楽しめる。子箱作成のワークショップも不定期で開催しており、メールアドレス(info@tsudura.com)に連絡をしておくと、開催時に教えてくれるよ。 ◯東京都中央区日本橋人形町2-10-1 ☎︎03・3668・6058 日、祝・休 photo: Hiroshi Nakamura, text: Ryoma Uchida, edit: Toromatsu
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