菅田将暉が驚いた黒沢清監督の独特な演出 参考にしたのはアラン・ドロンの犯罪映画
黒沢監督との話し合いは雑談が中心だったが、その中で出てきたのが今年8月18日に亡くなったアラン・ドロンが主演した犯罪映画『太陽がいっぱい』(1960年・ルネ・クレマン監督)だった。
「黒沢監督との話の中で“参考に観ておいた方がいい作品はありますか?”と尋ねたところ、黒沢監督が挙げたのが『太陽がいっぱい』でした。初めて観ました。アラン・ドロンの強烈な個性あっての作品ですが、主人公が、懸命に裕福な友人のサインを練習し、完全犯罪を遂行しようとする。その姿が笑えるし、悲しいし、そして色気もある。あぁ、黒沢監督が求めている面白さはこういうことなんだな、と」
物語は、吉井がクリーニング工場での勤務と転売ヤーを掛け持ちしていた序盤、転売ヤー専業となり湖畔の一軒家で恋人の秋子(古川琴音)と暮らし始める中盤、そして不定形だった恐怖が形になって襲ってくるクライマックスへとなだれ込んでいく。作品はブラック・コメディーのテイストもはらんでいるが、本心を誰にも明かすことのない男・吉井を、菅田はどのような意識で演じたのだろうか。 「作品全体としては、緊張感や焦燥感をグラデーションをつけながら出していく感じでした。吉井は転売の仕事に罪の意識はあるんです。恋人の秋子と幸せになることも願っている。でも、この仕事でやっていくしかない。商品が売れるとうれしいけど、ずっと危ない橋を渡り続けなくてはいけない。そんな不安と高揚感を繰り返しているうちに、どんどん不気味なものが近づいてくる。僕がふざけたらこの映画は終わってしまうので、常に真面目に悪事を働く吉井であり続けるようにしました。不特定多数の一人だった人間が、後戻りできない一線を踏み越えて何者かになってしまう。そんな怖さと面白さが、この作品にはあると思うんです」
黒沢組を「とても楽しかった」と菅田は振り返る。スタッフが生き生きと働き、撮影現場には「いいエネルギーが流れていた」という。その日の撮影が終わるとカンパ箱が回り、集まったお金で各部署の助手たちが集まる助手会が開かれたことを菅田は楽しそうに語った。そして、黒沢監督の演出も、これまでに経験したことがないものだったそうだ。