「人生が行きかう交差点に立って」結城真一郎×TAIGA『難問の多い料理店』
待機時間は世界一無駄な時間
――一話ごとに視点人物となる配達員が、学生、中年男性、シングルマザー、フリーライターというふうに代わります。どのように考えて設定したんですか。 結城 一人をずっと主人公にしても物語は作れますけど、ウーバーイーツって様々な人がやり始めて、前向きにやられている方もいれば、やむなくやられている方もいる。 多くの人生模様があるとわかったので、いろんな事情を抱えた配達員が店に出入りして謎に直面し、解決の瞬間に立ち会う。そのなかで自分の人生が少し好転したり、小さな幸せをかみ締めたり、そんな光景を描けたら面白い。 事件からなんらかのフィードバックがあって、彼らの日常も変わっていくのがきれいな形かなと思って、この構成にしました。従来からある安楽椅子探偵のスタイルを「ビーバーイーツ」の箱に入れただけだろと思われるのは不本意だったんです。それなら、配達員の事情も織り交ぜないとこの設定にした意味がない。 ――配達員のたまり場があって交流する場面もありますね。 TAIGA 配達員同士仲よくなりましたよ。「どこで注文がよく鳴ってる」「最近は全然鳴らないです」とか。「あそこの配達員が嫌なやつで」みたいなことも。 ――悪評はやっぱり広まるんですか。 TAIGA 広まりますね。アカウント三つくらい持って、一人でやっているのに三人待機している状態を作ってズルしてるとか。鳴る可能性が高くなるんです。一時期はコロナで職を失った人たちがたくさんいましたけど、今は本業に戻りましたという人が増えました。逆にこっちの方が楽しくなって本業辞めましたという人もいます。 ――配達員が路上で待つ様子を「地蔵」と呼ぶことをこの小説で知りました。 TAIGA 一般的にはあまり広まっていない言葉では? 結城 調べたらそう呼ぶらしいんです。配達員ならではのリアルなワードを入れるのは突きつめたポイントで、「待機」より「地蔵」の方が迫力がある。 ――待機といえば「芸人TAIGAのウーバーイーツ待機中ラジオ!」。これはどういう感じで始めたんですか。 TAIGA ウーバーイーツの待機時間は、世界一無駄な時間なんです。 結城 世界一!?(笑) TAIGA 本当にこれはもう、世界一と決まったの(笑)。時給も発生しない、なにも生まれない。ただ携帯ゲームやったり動画見たり、配達員同士でしゃべるとか、この無駄な時間をどうしようかと思った時、事務所から「アプリでラジオをやってもらえないかって話が来てる」と言われたんです。 「ウーバーイーツ待機中ラジオ」なら自分で配信できるし無駄な時間がお金にもなる。ぜひやらせてくださいと。「待機中」だから5秒で終わる時もあれば1時間くらいダラダラしゃべる時もあって、いい暇つぶしになってますね。 結城 折々の時事ネタを話したり、「ちょっと工事がね」とかその瞬間の街の情景など、そこに居合わせたようなライブ感があって、いい取り組みだなと思います。 TAIGA なに聴いてるんですか(笑)、あんなの聴かなくていいですよ。 結城 無駄な時間を活用するとかアイデアが面白くて、次回作を書くならこういう人も入れたいと刺激されました。時事問題もあれば、毎日あそこを手をつないで通る親子がとか、いろんな角度があるのがいい。小説の一情景として入れたら映えそうで、聴いていて飽きない。まさしくラジオかくあるべしみたいな感じ。 TAIGA 何時から1時間やってくださいとなると、完全にやらされている感じになっちゃう。でも、いつ始まるかわかんないし、やってもやらなくてもいい気軽さがある。気分が乗らなかったらやらない。それがいい。 結城 それ自体、ウーバーイーツみたいな働き方ですよね(笑)。 ――しゃべっている間は芸人だけど、注文を受ければ配達員になる。その切り換えはどうですか。 TAIGA いや、しゃべっている時も芸人と思っていないかも(笑)。面白いこと言わなきゃとか考えてないし、スポンサーもついてないから、気にすることなくボーッとして「なにも今は思い浮かばないですね」って言っちゃう(笑)。 結城 その赤裸々感がいい。変に笑いを入れなきゃではなく、気ままな様子が知れる絶妙なゆるさが面白さでしょう。