痛みが消えても進行は続く…「虫歯」を放置すると命に関わる病気につながる危険あり
虫歯で歯が痛い。歯医者に行かなければと思いながら、仕事にかまけて様子を見ていたら、ある日急に痛みがなくなった。だが、これで一息ついてはいけない。そのまま放置していると深刻な事態を招く危険がある。斉藤歯科医院の根岸亮三氏に詳しく聞いた。 長生きしたけりゃ最後は噛む力(4)「口の衰え」がフレイルを招く ◇ ◇ ◇ ある40代の男性が急患で来院した。左奥歯付近の痛みに加え、口の中から左顎の下まで腫れ上がり、口を大きく開けられない。38度を超える発熱もあった。男性はこれまで一度も歯科医院を訪れたことはなかったが、見るからに腫れ方が普通ではなく、3日ほど熱も下がらないため、まずはほかの歯科クリニックを受診した。しかし、そこでは抗生剤を処方されただけで、薬を飲んでも症状が改善しなかった。そこで、別の歯科医院を探して来たという。 「口の中を診ると、硬い歯石がびっしりたまっていて、歯周ポケットの奥深くにこびりついている状態でした。レントゲン検査で、左奥の親知らずの周辺の歯周病が悪化しているうえ、虫歯も進んでいることがわかりました。症状から考えて、歯周病と虫歯が重症化して歯周病菌や虫歯菌が血液の中に入り込み、感染が広がった『口腔底蜂窩織炎』が疑われます。歯科治療だけでは手に負えない深刻な状態です。そのため、適切な抗生剤を処方したうえで、早めに近くの総合病院を受診するよう勧めて紹介状を書きました」 男性は総合病院を受診したが、「ウチでは処置できない」と言われ、より高度に感染症への対応ができるほかの病院へ救急搬送。即入院となり、呼吸を確保するための気管切開や抗生剤の投与などを受け、退院できたのは3日後だったという。 口腔底蜂窩織炎は、舌の下にある口腔底に発生する感染症で、進行すると呼吸困難や胸痛が生じ、抗生物質の投与や患部を切開して膿を排出する治療を迅速に行わないと、敗血症などの重篤な合併症を引き起こす可能性がある。 事なきを得たその男性は、退院後に斉藤歯科医院を訪れ、「命を救われました」と感謝していたという。虫歯の放置は命に関わる危険もあるのだ。 ■顔に穴が開くケースも 虫歯とは、口の中にすむ虫歯菌が産生する酸によって、歯の表面のエナメル質、その下層の象牙質が溶かされ、痛みが出たり歯に穴が開いてしまう疾患だ。溶解がエナメル質だけにとどまっているごく初期の段階ではほとんど痛みはなく、適切なブラッシングを続ければ治るケースもある。だが、溶解が象牙質まで進むと、飲食時にしみたり痛みを感じるようになる。 その段階からさらに進行すると、虫歯菌が歯の中の神経まで到達し、何もしていない状態でもズキズキと激しく痛む。 「それでも放置していると、虫歯菌はさらに増殖してそのまま神経を侵し続け、やがて神経が壊死します。急に痛みを感じなくなるのはこの段階です。ただ、虫歯は自然治癒することがないので、痛みがない状態でも進行し続けます。増殖した虫歯菌は歯の根っこの先端に移動していき、歯根部に炎症が生じて膿の袋=歯根嚢胞が作られます。膿は炎症部分で虫歯菌と白血球がせめぎ合ってできた死骸や壊れた組織で、それがたまって袋が大きくなり内圧が高まると再び痛みが現れます」 また、たまった膿を外部に排出するために瘻管と呼ばれるトンネル状の管が形成され、歯茎に穴が開いて膿が出てきたり、場合によっては顎や頬などに穴が開いてしまうケースもある。そうなると、歯茎を切開して膿を排出させる必要があり、それを歯根の先端の病巣が消失するまで繰り返し行わなければならない。 虫歯の放置が引き起こす深刻なトラブルはほかにもある。 虫歯菌が歯の深い部分まで進行していくと、最終的には顎の骨に到達する。 そのまま顎の骨に虫歯菌が侵入すると「顎骨骨髄炎」になり、痛み、腫れ、しびれをはじめ、歯がぐらついたり抜けるだけでなく、発熱や倦怠感といった全身症状が現れるケースもある。 「口腔底蜂窩織炎や顎骨骨髄炎がさらに進行すると、細菌が血液中に入り込んで増殖し、全身に感染が広がる『敗血症』を起こす危険があります。全身に炎症が及んで臓器障害や組織障害を引き起こし、ショックから多臓器不全を来して死に至るケースもあります」 歯に痛みがあれば、しばらく様子を見ることはせず早めに受診したい。