Analog DevicesがFlex Logicを電撃買収!?その思惑とは
今月(2024年11月)に一番ビックリしたのがこのニュース。Analog Devices(ADI)がFlex Logicを買収した、というものだ。 【画像】【図2】アクセラレータはともかく、サブのマイクロプロセッサをFPGA IPでというのはあまりに不経済だとは思う しかもこのニュース、買収した側・された側どちらも公表しておらず、EETimesの記事で初めて知ったという次第。 Flex Logicのトップページはこんなこと(キャプチャ1)になっている。一方ADIの方は、プレスリリースと投資家向けリリースのどちらでもこの買収に一切触れていないので、当事者が何を考えてこの買収をしたのかがさっぱり分からない。 Flex Logicの説明も「Flex Logix has sold its technology assets to a large public company that has also hired our technical team.」とだけあり、いや、確かにADIは巨大な公開企業なのは間違いないが、なんでそこでADIの名前を隠す必要があったのかさっぱり分からない。 あるいは、現状では独占禁止法に絡んでまだ当局の承認が得られていないから、という可能性も考えたのだが、Flex Logicのシェアはそこまで大きくない。同社は非上場企業だったから正確な売上の額は不明だが、glowjo.comの推定では年額1,040万ドルほど。最近ちょっと不調なAlteraですら今年第3四半期の売上が4億1,200万ドルあったことを考えると、独占禁止法に引っかかりそうな規模には到底思えない。 ちなみに買収はつつがなく行なわれたと見え、CEO兼創業者のGeoff Tate氏のLinkedInはまだ更新されていないが、CTO兼創業者のCheng Wang氏のLinkedInは2024年11月からADIでSW & ArchitectureのSenior Directorに就いたことが示されている。 さてFlex Logicという会社は何を提供していたか?というと、eFPGA(embedded FPGA)のIPがメインであった。要するに顧客がASICを作る際に、その中にFPGAを組み込めるようにするためのもので、このFPGAをIPの形で提供する、というのが主なビジネスであった。 では顧客は自社のASICの中にFPGA IPを組み込むと何がうれしいのか?ということでFlex Logicが出していたブローシャから抜粋したのがこちら(図2)。汎用的な機能で、既に多くのIPがあるような部分には不要だが、何かしらカスタムを必要とする部分をeFPGAにすることで、あとからカスタマイズできるようになるし、柔軟性も高くなるという話である。 これが広範に使えるか?というと微妙なところではあるのだが、たとえばある企業が自社製品向けにASICを開発するとして、ラインナップ別に独自機能A~F位までがあるとする。これを開発するのに、共通機能+A、共通機能+B、……なんてやっていると種類が増え過ぎてしまう。だからといって共通機能+A+B+……+FのASICを作ろうとすると大型化しすぎるし、共通機能+A~Fまで全部完成しないと製造ができなくなる。ここで共通機能+FPGAでSoCを作り、これと並行してA~Fまでを個別に設計して、後でFPGAの中に流し込む、なんて形にすればコストと開発期間の両方が削減できるというわけだ。 目論見はともかくとして広範に売れたか?というと微妙なところで、実際筆者の知り合いの会社でも「検討したけど制約が大きい(FPGA Fabricを置く場所に制限があるなど)」という話を聞いたことがある。それでも年間1,000万ドルほどの売上は立っていたわけだから、一応需要があったのは事実である。 ■ AIプロセッサも手掛けていたFlex Logic ちなみに2020年頃は、同社もかなりAI向けに注力していた。2020年のLinley Processor Conference Fall 2020では、「InferX X1」というエッジ推論向けのアクセラレータチップを発表した。これ、内部は同社のeFPGAも多少は使われているが、ほとんどは専用設計である(図3)。 中核となる1D TPU(Tensor Processing Unit)は元々同社のFPGA上で動いていたものだが、FPGAのままで実装するとトランジスタコストが高くなりすぎる(ラフに言えば、FPGAはASICに比べてトランジスタを10倍位使う)。なので、この1D TPUとかL1/L2/L3 SRAM、PCI ExpressやLPDDR4のI/Fは通常のゲートアレイで組んでおり、eFPGAはちょっとしたカスタム機能の実装用に用意されているだけである。 ちなみにテンサープロセッサ(Tensor Processor)が“Reconfigurable”というのは、別にテンサープロセッサそのものがReconfigurableに内部構造を変えるという意味ではなく、テンサープロセッサ同士の接続方法がReconfigurableという話で、4μsでTテンサープロセッサ同士の接続を変更できるので、レイヤーの規模ごとに接続方法を変更なども容易、という話だった。 このInferX X1、2021年での価格は99ドル(533MHz)~199ドル(933MHz)だが、2024年には34~69ドルとかなり安い価格で提供できるとしており、最小構成だとM.2 2280ボードに実装。評価用のボードは、PCIe x4にInferX X1が1つ載ったものが用意され、ほかにInferX X1を4つ搭載したボードも予定されていた。 そんなわけでInferXは、同社が単なるeFPGA IPベンダーからSiliconベンダーに脱皮できるかもという非常に重要な製品だったわけだが、2023年4月に同社はInferX X1の販売を断念。その代わりにInferXをIPとして提供することをアナウンスした。 まぁ元のIPベンダーに戻った形であるが、ついでにInferXに絡んでDSP IPも提供できるようになった、というわけで得たものがなかったわけではない。ただInferX X1の製造販売やプロモーションに要した経費を回収できたかどうかちょっと怪しいところである。 このあたりは非上場企業ということで一切明らかにされていないが、同社に出資していたファンドとか親会社からすれば、大分企業価値を損なう結果になった、と見ても間違いではないだろう。このあたりでそのファンドやら親会社やらが投資回収を行なうべく、同社を売っ払う方向に動いたとしても不思議ではない。 ■ 結局ADIの思惑が分からない 分からないのは、Flex Logicを買収したADIの思惑である。冒頭に記したEETimesの記事による、Gregory Bryant氏(IntelでCCGを率いていたあのGregory Bryant氏である。2022年よりADIでEVP & President of Business Unitsというポジションにおられる)のコメントは以下の通り。 「[eFPGA] テクノロジーのリーダーであるこのチームが私たちに加わり、インテリジェントエッジをリードする旅を前進させます。Flex LogixのeFPGA技術は、FPGAファブリックのSoCおよびASICへのシームレスな統合を可能にし、差別化されたプラットフォームを構築し、お客様の最大の課題の解決を支援する重要な構成要素の1つです」(Google翻訳)。 ……と、記されているが、このコメントはある意味定型文であって、何も語っていないというか、これだけでADIが何を目的にFlex Logicを買収したのかがさっぱり見えてこない。 ここでちょっと気になるのが、10月7日にADIが発表した、ソフトウェア開発環境である「Code Fusion Studio」および「Developer Portal」の提供である。 ツールそのものは別に珍しくないというか、最近は主要なMCUベンダーであればほぼすべてが自社でソフトウェアの統合開発環境を提供するか、もしくはどこかの開発ツールベンダーと提携の上で、自社MCU向けにツールを無償提供しているのが普通だ。その統合開発環境、ちょっと前だとEclipseベースが普通だったのが、最近はVS Codeのプラグインを提供するとか、もっとドラスティックにVS Codeと統合するなど、もうVS Codeを利用できる様にするのが一般的である。 実際Code Fusion Studioの紹介ビデオでも、目を惹いたのはZephyr向けに一発でデプロイできる環境を作れること程度だろうか。 同時に発表されたADI Assureも、現状はMaximが提供してきたSecurity Element技術を新ブランドで、というレベルに留まっている。Developer Portalも、必要とされるものが一応一通り揃っているようには見えるが、ただそれ以上のものではない。 そんなわけで全体的には「今更」感はなくもないのだが、問題はこれをADIが用意したということだ。ADIの説明によれば、2021年のMaximの買収後にMCUなどの製品ポートフォリオが大幅に増えたことを受けてこうした環境を用意したとのことだが、そもそもMaxim製品だけであればMaxim時代のものをそのまま提供すれば済むという話もある(というか、これまではそれで済んでいた)。全面刷新するというのは、要するに今後さらに製品が増えていくことを前提に、その準備として強化したということではないかと筆者は疑っている。 そもそもADI自身も、元々SHARCとかBlackfinといった、デジタル処理向けのプロセッサ(というかDSP)を保有していた(Blackfinはまだ現行製品として製造/販売されている)し、Maxim由来のMCU以外にADI自身もCortex-MベースのMCU、さらに言えば8052(Intel 8051の拡張版:命令セットそのものは8051と同じ)ベースのMCUとかARM7ベースのMCUなんかもまだラインナップしているあたりは流石ではあるのだが、逆に言えばArmv8-Mの、つまりCortex-M23とかM33以降のMCUのラインナップには欠けている。 性能云々よりも、TrustZoneを利用できるMCUが現時点では存在しない(その代わりにMaxim由来の製品は自身でSecure Elementを実装して代替としている)というあたりは、やはりデジタル回りが弱いと評されてもしかたないところだ。そもそも同社の場合、アナログとデジタルという分け方で決算を出していないので、売り上げ全体に占めるデジタル半導体の比率は公式には示されていないのだが、2023年度のForm 10-Kで製品ポートフォリオを見ると ・Analog and Mixed Signal ・Power Management & Reference ・Amplifiers/RF and Microwave ・Sensors & Actuators ・Digital Signal Processing and System Products(DSPs) の5つが挙げられており、デジタル半導体製品はこの最後のDSPsに分類されるらしい。ただしラインナップは正直言ってかなり乏しい。少なくともこのラインナップだったら、開発ツールを新たに用意したりする必要性は感じられない。逆に言えば、今後ここを大幅に強化するつもりがあるのではないか?というのが筆者の見立てだ。 ■ Flex Logicの買収もデジタル半導体の強化?今後は業界再編レベルの買収も 今回のFlex Logicの買収も、この一環だとすると理解はしやすい。これにより、割とそこそこ使えるFPGAのIPを入手したわけで、恐らくADIは既存のFlex Logicの顧客に対するサポートはそのまま継続するだろうが、今後はIPというよりもFPGA製品の形でラインナップを増やしてゆく可能性が考えられる。 また今後はMCUベンダーを複数買収する可能性があるだろう。ぱっと思い浮かぶのは、省電力向けならAmbiq Micro、ハイパフォーマンス向けならAlif Semiconductorあたりが手頃だろう。 ただMCU以外にConnectivityも欲しいとかいう話なら、いっそSilicon LabsとかNordic Semiconductorの方が全部揃って便利かもしれない。何かしらこうしたMCUベンダーを買収することで、製品ポートフォリオを増やすための基礎固めの一環としてFlex Logicの買収に至ったのではないか?という気がしてならない。この予想が当たっていたとすれば、2025年あたりにまた業界再編となるようば買収が起こるかもしれない。
PC Watch,大原 雄介