絵をみること、本を読むことの贈りもの。奈良美智の本|鈴木芳雄の「本と展覧会」
ロック喫茶に関して、奈良本人はこう書いている。 「僕は毎週のように週末はライブハウスに通い、家から徒歩五分にあったロック喫茶には毎日通った。ロック喫茶にはターンテーブルが二台置かれているDJブースがあって、毎晩そこで選曲してプレイした。常連となっていく音楽好きの大学生たちとも仲良くなって、彼らの文学や演劇、映画談義に耳を傾けた。そして僕は自慢するように、彼らの知らない音楽の話をしたのだった。」(『ユリイカ』2017年8月臨時増刊号、総特集「奈良美智の世界」所収 奈良美智「半生(仮)」) その大学生との交流の中で美術大学の存在を知った。何ごとも器用にこなし、絵も上手な奈良のために大学生たちはお金を出し合って、奈良の誕生日にある画集をプレゼントしてくれた。 「高校生の頃、ロック喫茶でバイトしてて、美術とかそんなに興味があったわけじゃないんだけど、落描きとかよくしてたら『奈良くん、絵がうまいし好きそうだから、これをあげるね』って先輩の大学生3人がお金出しあって、熊谷守一の画集を買ってくれたんです。誕生日プレゼントとして。」( 2018年1月26日掲載「奈良美智さん、熊谷守一についてお話してください。」記事より) それが、『現代日本美術全集18萬鉄五郎/熊谷守一』(集英社 1974年)だった。
「それは自分の本棚にはない種類のもので、詩集や小説と違って何か文字では表せない類の表現が本という形をとっていることが新鮮だった。文字のないものをどう読むのか、それはずっと音楽を聴いてきた『耳』を『眼』にシフトすれば良いだけだった。萬鉄五郎や熊谷守一という人の絵から、音楽を聴いて得られるような感情を享受できることはコロンブスの卵的な驚きだった。」(前出『ユリイカ』「奈良美智の世界」所収 奈良美智「半生(仮)」) 『カーサ ブルータス』2023年12月号の特集「奈良美智と家」では奈良の家とアトリエを写真で見せているが、ドガの画集、ボナール、ムンク、マティス、ピカソなどの展覧会図録とともに「若い頃に見て、まだ鮮明に記憶に残る展覧会の図録たち」の1冊として、この画集が今もアトリエの本棚に収められている。