絵をみること、本を読むことの贈りもの。奈良美智の本|鈴木芳雄の「本と展覧会」
奈良美智さんの絵の前に立つと、ちょっと心が動いたり、なにか迷いが消えたり、少し前向きな気持ちになったり、そんな経験、ありません? 絵を見ることって、展覧会に行くことって、そうかそういうこと。絵を見る前に比べて、なんだかいい人になれたり、気のせいか人生が豊かになった気がしたりする。そんな贈りもの、絵からもらうように奈良さんの本からももらえます。 【フォトギャラリーを見る】 描かれるのが人物だから、それも、かつて自分にもあった若い頃、幼い頃の姿だから感情移入できてしまう。あるいは、心の中を見せてしまうような絵だから共感できる。絵を見たあとは気持ちの高まりや不思議な肯定感をもらえたり。奈良の絵の魅力についてはいろいろ語ることができるだろう。 故郷の青森での大規模な個展『奈良美智: The Beginning Place ここから』。音楽が好きで、旅をし続けていて、子どもの頃からの読書家である奈良美智という人。そして描く絵によって多くの人の心を揺さぶったり、鎮めたりする人。そんな彼の本を見ていこう。 まずは、今回の展覧会の公式カタログ。展示風景も撮影して収めてある。だから、展覧会が始まってから1カ月くらいしてから刊行された。150ページくらいの立派な本。
高校時代までを青森県弘前市で過ごした奈良にとって、大学生たちと作り、のちにアルバイトをしたロック喫茶は趣味の場、学びの場であった。そのことはこれまでもいくつかのインタビューや本の中で語られていたが、今回の展覧会では建物を再現して、実態を見せてくれた。 「奈良が生まれた弘前市にある弘南鉄道大鰐線の駅『西弘前駅』(現弘前学院前駅)の近くに、1977年9月29日、『JAIL HOUSE 33 1/3』(以下『33 1/3』)という名の一軒のロック喫茶が開店しました。『サーティスリー』と呼ばれて親しまれたこの店は、当時の弘前では珍しいロック音楽を聴ける喫茶店でした。」(『奈良美智:The Beginning Place ここから』展示解説より) 高校生のときから地元のライブハウスに出入りしていた関係で、奈良はその新しく作られるロック喫茶の店舗づくりに誘われた。もともと物づくりに長けていた奈良は内装の壁、ガラス窓、テーブル、椅子、カウンターまで作ったという。さらにシャッターに絵を描き、ステージの壁にかける大きな絵も描いた。そして、開店後は毎日のように通った。