人道危機の視点でウクライナを見る

オデーサの「ポチョムキンの階段」

私が2022年以降4度目となるウクライナに来たのは、何も戦争取材が目的ではなく、戦場カメラマンを気取るわけでもなく、国際NGO「AAR Japan」(東京)の要員として、戦時下で困窮する人々への人道支援活動を取材・発信するためである。 AARはオデーサの現地NGOと連携し、ヘルソン、ミコライウ両州で食料・衛生用品など支援物資の配付、生活支援金の給付を実施している。その対象は、海外に逃れて難民になることもままならず、交戦地域の近くに留まらざるを得ない住民や避難民、とりわけ低所得者層、障害者や高齢者世帯、幼い子供がいる家族など。激戦地の東部ドネツク州からミコライウに避難し、寝たきりの男性を含む80代の親族3人を引き取って介護している女性(58歳)にインタビューした時は、言うに言われぬ気持ちになった。 メディアでは連日、ウクライナに関するさまざまなニュースや解説・論考が伝えられ、刺激的な戦場の動画もたくさん流れている。それらの多くに専門的知見や意義があるのを疑うものではないが、他方で私がうっすら抱く違和感は、ミサイルやドローン攻撃の直下に、私たちと全く同じ普通の人々が存在するという最も重要な事実への視点と想像力が、往々にして欠けているように見える点である。そもそも、ウクライナの土を一歩も踏まずに論じられたものが少なくない。 戦時下の国というと、住民が四六時中シェルターの中で震えているかのように思うかも知れないが、東部などの激戦地を除くと、首都キーウもオデーサも、どこも一見して平常通りの社会・経済活動が営まれている。美しい街並みを人々が行き交い、カフェやレストランは賑わいを見せる。しばしば防空警報が鳴り響き、実際に攻撃を受けることもあるが、あえて平然と日常生活を続けることこそが「ロシアへの最大の抵抗だ」と、この国の人たちは言う。それと同時に、平時から恵まれない世帯が戦時下でさらに困窮する身も蓋もない現実もあり、そうした人々は何らかの支援を必要としている。 厳冬期の2023年1月、侵攻初期にロシア軍によって破壊されたキーウ郊外のボロディアンカという街で出会った中年女性の言葉が頭から離れない。小雪が舞う中、通りすがりの外国人に過ぎない私に向かって、彼女は問わず語りにこう訴えた。「私には2人の息子がいたが、ひとりは東部戦線で戦死してしまいました。もうひとりの息子も今、ロシア軍と戦っています。愛する息子を2人とも失ったら私は生きていけません。この戦争は一体いつ終わるのでしょうか」。 「戦争」を語る時、そこには戦死者や難民の数などのデータではくくれない個々の存在、個々の営みがある。21世紀の今、私たちがリアルタイムで目撃している戦争を半ば見世物として「消費」するのか、同時代に生きる者としてウクライナの人々の痛みを共有するのか。つまるところ、どんな世界を望むのかという私たち一人ひとりの価値観・世界観にかかっているのだと思う。それは「きれいごと」でも「理想論」でもなく、差し迫ったリアルな現実である。 ウクライナ軍事侵攻と人道危機の一日も早い終息を祈りつつ――。 AAR Japan ウクライナ支援募金