あの夏のエースとマネージャー 広陵野球部・高西副部長が野村からかけられた言葉「ここで終わってごめん」
今季限りで現役を引退した広島・野村祐輔投手(35)の引退試合が5日・ヤクルト戦(マツダ)で行われた。高校時代は広陵のエースとして2007年の夏の甲子園で準優勝。右腕と同級生で広陵時代は主務を務めていた高西恵司さん(現広陵高硬式野球部副部長)も球場に駆けつけ、現役最後の勇姿を見届けた。 【写真】がばい旋風にやられた 2007年の甲子園決勝、痛恨の一撃を浴びぼう然の野村 涙なしで見ることはできなかった。滑らかなフォームで投げる姿は17年前にベンチから見ていた時と何ら変わりない。スタンドから「俺らの大エース」の投球を目に焼き付けた高西さんは「涙が止まりませんでした。高校時代も含めて野村のおかげで本当に良い思いをさせてもらって。(小林)誠司がまだいますけど、僕たちの青春が1回終わったかなって思います」と目元を拭った。 節目で野村からかけられる言葉はいつも「ごめん」だった。07年の夏の甲子園決勝。佐賀北に逆転負けで、準優勝に終わると、「日本一のマネージャーにしてやれなくてごめん」と言われた。今回も引退決断後に連絡を取った際には「ここで終わってごめん」と声をかけられた。 仲間が夢を託し、野村自身も託されていることをよく分かっていた。家族、仲間、たくさんの人の気持ちを背負い続けた盟友に対して、高西さんは「僕らの夢であり、希望であり、という感じでした。もう誰がなんと言おうが、僕らの中では大エースですから。うれしくもあり、さみしくもあり…。さみしいですけどね。でもここまで大きなケガなく頑張ってくれた、その姿を見ていたら『ありがとう』という思いしかないですね」と感謝した。 あの夏の“延長戦”は17年にも及んだ。野村はセレモニーで「私を育ててくれた両親、野球をさせてくれてありがとうございました。野球のおかげで大切な仲間に出会うことができました」と言った。この引退で“青春”は一つの区切りを迎えたのかもしれない。だけど、強い絆が生まれたあの高校時代の日々が色あせることは一生ない。(デイリースポーツ・畠山賢大)