福島に向けられた罵詈雑言。作品に記録した高校生は、あえて「フクシマ」と向き合った
「白血病になって死ぬ」と言われた経験
同展プログラムディレクターの菊地ゆきさんは、「自分が最も近いのに最もわからない存在である『私』に向き合い、『私』が捉える福島の姿を言語化することができた。高校生の率直な問いかけに、鑑賞者一人一人が思いをめぐらせてほしい」と話した。 菊地さんも福島県出身。東京都内の大学に通っていたが、たまたま県内に帰省していた時に震災と原発事故が起きた。その後、都内に戻った際、「白血病になって死んじゃうんでしょ」と言われ、ショックを受けた。福島の手土産を拒否されたり、「福島に戻ると子どもは産めなくなっちゃうね」と好奇の視線に晒されたりもした。 このような経験から、「福島に暮らすこれからの子どもたちが自分の選択に誇りを持てるように、近くで支えたい」とUターン就職を決意した。 一方で、中高生が今回、真剣に「福島」と向き合う姿を間近で見て、「支えたいというのはおこがましかったのかもしれない」と感じたという。「福島というフィールドに自分の意思で踏み込み、自分自身と重ね合わせながら言語化にたどりついた子どもたちがたくさんいる。13年前の私がなんだか救われたような気持ちになった」 菊地さんは過去を振り返りながらこのように話し、次のように述べた。 「表現コースのゴールの一つは、複雑な問いであっても自分の思いを自分の言葉で表し、他者と対話できるようになること。来年3月にも同様の展示会が開かれるので、ぜひ中高生が考える私と福島に触れてほしい」
「代理表象」を跳ね除ける作品が出てきた
東京大学大学院情報学環准教授で東日本大震災・原子力災害伝承館上級研究員の開沼博さんも、2年前に始めた「福島学カレッジ」について「一定の成果が見えてきた」と評価した。 福島を巡っては、安全・安心に関する情報を語る上で「サイエンス」が重要だが、「それをどう表現するのかというのも問われている」という。震災と原発事故から13年、まだ幼かった子どもたちのほとんどは当時のことをはっきり覚えていない。それでも「かわいそうだ」「苦しんでいるんでしょう」と、外部からの一方的な感情を押し付けられることがある。 開沼さんは「これを社会学では『代理表象』の問題と言ったりする。単純化したイメージ(表象)の中で他者の思いや考えを勝手に代理し代弁することで、弱い立場の者から言葉を奪って支配・差別し、自らの意のままに“飼いならそう”とする」と指摘。 その上で、「福島は間違いなく、特定のイデオロギーをもった一部の人々からそういった不健全な欲望を向けられてきた。代弁される・支配される側の地元住民にも『そうです。私は苦しんでいるのです』と、事実から乖離したイメージづくりに利用されてしまう人も一部いる」と述べ、「そんな中、私と福島展で『代理表象』を跳ね除けるような作品が出てきて本当に驚いた」と話した。 また、「広島県の原爆ドームを今の形のように整備・保存しようという方針が固まったのは1945年から20年ほど経ってからのこと。その20年間は取り壊すべきという議論がずっとあったわけだが、いま私たちに多くのことを伝えてくれる原爆ドームは、1945年に完成したものではなく、それから20年ほどの議論と人々の思いが完成させたものだったと言える」と語った。 3.11はまだ13年だが、開沼さんは「(西田さんの作品には)明らかにこの13年の苦闘と変化がこめられている」とし、「原爆ドームがそうであるように、3.11を象徴する作品はあれから20年ほどたってから生まれるのかもしれないし、この作品自体がそれなのかもしれない」と話した。 そして、「震災と原発事故後の13年というプロセスの中で、今回の作品のような、それも事実をベースにしたものが出てきた。単なる『中高生の図画・工作』と捉えるのではなく、その意味をきちんと伝えていかなければならない」と言及した。