片岡義男の「回顧録」#1──あの排気音を小説のなかへ 『ときには星の下で眠る』とカワサキW1
片岡義男が語る、1970~80年代人気オートバイ小説にまつわる秘話。 【画像】カワサキW1シリーズの画像を見る(全5枚)
『ときには星の下で眠る』という小説を書いた頃の僕は、カワサキW1 650の排気音をなんとか出来ないかと、しきりに考えていた。なんとか出来ないかとは、あの排気音を小説のなかへ言葉で取り込むことは出来ないか、というようなことだ。 あの音を、適度な緊張感に支えられた適度な高揚感に転換出来るなら、それは言葉になり得るのではないか、などと僕は楽天的に考えた。新しく書くその小説のなかにカラー写真をあしらうことになり、撮影チームを作って信州へ撮影にいった。オートバイはW1に友人が乗ってくれた。燃料タンクがW3のものに変えてあった。 撮影のために移動するあいだずっと、僕は小説のことを考えていた。W1の排気音は聞こえ続けていた。あれほど何日もW1の排気音を至近距離で聞いたのは、僕にとって初めてのことだった。 スパークプラグの点火も含めて、燃焼室での燃焼をAという人だとする。その燃焼によって押し下げられるピストンをBという人だとする。そしてCは、押し下げられたピストンで回転させられるクランクだとする。 このA、B、Cの三人に共通するものを、あの排気音だと設定するなら、三人の物語は可能なのではないか、などとひどく抽象的なところから僕は小説を考えていった。 『ときには星の下で眠る』が文庫本で出版されたとき、誰だったかはもうすっかり忘れているけれど、女性にサインを求められた。愛を込めて、と書き添えてください、と彼女は言った。そのとおりに書きながら僕の頭に閃いたのは、愛なんか込めない、というフレーズだった。このフレーズは短編小説の題名になる、と僕は思った。 それから何年かあとになって、『愛なんか込めない』という題名で短編小説を僕は書いた。書き手としては充分に満足のいく内容だったことは記憶しているが、どんな人たちのどのような展開の短編だったかは、覚えていない。 排気音は、聞こえたと思ったら、その次の瞬間には、すでに消えている。ひとつひとつの音は消えるけれど、エンジンが動いているあいだは、排気音は連続する。こんなところを手がかりにして、小説をひとつ作ることも可能だろうと、いまの僕は思っている。星の下にはいくつもの物語がある。 文=片岡義男
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