片岡義男の「回顧録」#1──あの排気音を小説のなかへ 『ときには星の下で眠る』とカワサキW1
KAWASAKI W1ミニヒストリー
『ときには星の下で眠る』は、晩秋の信州を舞台に繰り広げられる、再会と別れのストーリーである。卒業後、散り散りになってしまった高校時代の仲間たちが、月日を経て、故郷の町で再会する。そこで語られる想い出の数々…。物語は、過去と現在を行きつ戻りつして進んでゆくが、彼らの過去と現在、そして仲間同士をつなぐ重要な存在として、オートバイが登場する。今回、取り上げたカワサキW1は、本作品の主人公の一人、平野和美の愛車として描かれている。湖畔の街灯りを目指し、高原を一気に下ってゆく印象的な冒頭シーンから登場するW1とは、どんなオートバイだったのだろう。
■メグロ吸収で誕生したビッグツイン 650-W1(1966年) 戦後、雨後の筍のごとくメーカーが乱立したオートバイ業界も、60年代になると再編が進み、吸収合併が繰り返されていった。250ccクラスで人気を集めていた目黒製作所も、その荒波に呑み込まれたひとつだった。目黒製作所が販売していた「メグロスタミナK」は、カワサキ(当時は川崎航空機工業)との業務提携によって「カワサキ500 メグロK2」となり、吸収を経て、後継モデルの開発はカワサキの手に委ねられることとなった。 そして1966年、カワサキはメグロK2の500ccエンジンを、よりパワフルな650ccに拡大した新型車を発表する。これが「650-W1」であった。 世界のオートバイシーンを牽引していたBSAやノートンといった英国車を手本にしたメグロK2をルーツに持つW1は、メグロK2に採用されていた別体ミッションを継承しており、シフトペダルの配置も英国車流儀の右チェンジを採用するという独特のメカニズムを持っていた。その排気量は、当時、国内モデル最大を誇っていた。カワサキのみならず、国産オートバイのフラッグシップともいえる、歴史的モデルの誕生であった。 ■ツインキャブ&新マフラーを採用した2代目 650-W1S(1968年) 1968年、シングルキャブレターだった初代W1は、北米輸出専用のW2SSと同様のツインキャブレターを装備した「650-W1S」へと進化。最高出力は2psアップの47psとなり、前輪が18インチから19インチへと拡大、メーターまわりやシート形状などにも改良が施されている。さらにWならではのサウンドを生み出す、ツチノコのような形状のマフラーもこのモデルから装着された。 ■3代目でシフトを変更、外観も大きくリファイン 650-W1SA(1971年) 右チェンジだったミッションを、リンクを介して標準的な左チェンジに改めたのが、1971年に登場した「650-W1SA」である。このモデルでは動力性能にも手が加えられ、最高出力53psという歴代最高のスペックが与えられていた。そのほか、メッキ仕上げのニーグリップカバーをもつ燃料タンクが、オールペイントタイプに変更されるなど、外観上も大きくリファインされた。 ■足回りを全般的に向上した最終モデル 650RS(1973年) 1973年のモデルは、当時のカワサキ製ロードスポーツの慣例にならい、「RS」の名称を付加、「650RS」(通称W3)という名称でデビューした。このW3では、前輪ブレーキがドラム式から、ダブルディスク式に進化するとともに、フロントフォークもインナースプリング式に改められた。だが、同年、カワサキは北米で高い人気を集めていたZ1の国内向けモデル、750RS(Z2)をリリース。開発の軸足を、より動力性能に秀でた4気筒モデルへシフトした。OHV2気筒という旧態依然としたパワーユニットを持つWシリーズは、この型で生産を終了した。 カワサキのWシリーズは、60~70年代の日本のオートバイシーンに「大排気量ツイン」というひとつの時代をもたらした立役者であり、ヤマハXS1、TX650といった、数々の名車を登場させる呼び水となった一台である。1,000ccを超える大排気量車が一般的になった現在、650ccという排気量は決して大きなものではなくなった。だが、バーチカルツインが醸し出す重厚なサウンドと量感あふれるボディは、現代の軽量かつスマートな650ccとは全く異なる存在感をたたえており、いまなお多くのファンを魅了し続けている。
文=KURU KURA編集部 写真協力=カワサキモータースジャパン 参考資料=自動車ガイドブック(日本自動車工業会)、日本モーターサイクル史 1945→2007(八重洲出版) (JAF Mate Neo 2016年11月号掲載の「片岡義男の「回顧録」(1)」を元にした記事です。記事内容は公開当時のものです。)
文=片岡義男/KURU KURA編集部
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