Creepy Nutsの紅白までの軌跡を“Bling-Bang-Bang-Born”から辿る。彼らの偉業とは
「J-POPとしての日本語ラップ」の新たなフェーズをこじ開ける
いまのCreepy Nutsの勢いを示す曲が“Bling-Bang-Bang-Born”の一曲だけでないこともポイントだ。音楽的な「覚醒」を果たしたターニングポイントは2023年9月にリリースした“ビリケン”だろう。わかりやすいトピックとしてはジャージークラブのビートを取り入れたことが挙げられるが、それだけでなく、畳みかけるようなフレーズとR-指定の声の表現力はそれまでの楽曲とは明らかに違うモードを示している。 そして、彼らがインタビューなどでたびたび語っているように、“Bling-Bang-Bang-Born”はCreepy Nutsにとって決してヒットを確信してつくった曲ではなかった。ここまでの状況が生まれることは予想していなかったという。同時期にはドラマ『不適切にもほどがある!』の主題歌である“二度寝”もリリースしている。こちらも勝負曲だったはずだ。 さらに9月には TVアニメ『ダンダダン』のオープニングテーマ“オトノケ”をリリースした。ジャージークラブのビートだけでなく、「ダンダダン」の音韻にあわせて執拗に韻を踏んでいくリリック、キャッチーなサビのメロディと、完全にいまの「Creepy Nutsの黄金律」を確立したことを示すような一曲だ。 筆者は10月19日・20日にさいたまスーパーアリーナで開催された『Coke STUDIOライブ 2024』でCreepy Nutsのライブを観た。NewJeansなどジャンルを超えた国内外の人気アーティストが集ったイベントだ。そこで初披露されたのが“オトノケ”だった。“ビリケン”“二度寝”“Bling-Bang-Bang-Born”の流れに“オトノケ”が鉄板曲としてセットに加わったことで「J-POPとしての日本語ラップ」の新たなフェーズをこじ開けてる感じをまざまざと感じた。
物語の世界に寄り添う新しい回路。彼らが成し遂げた「偉業」
「J-POPとしての日本語ラップ」とはどういうことか。そこにはふたつのポイントがある。ひとつはここまで述べてきたように、Creepy NutsがJ-POPのど真ん中を歩んできたユニットであるということ。人気者としてメディアに重宝され、そのことの恩恵も葛藤も味わってきた二人ということだ。 そしてもうひとつは、J-POPの産業としての大きな特徴であるアニメやドラマ主題歌のタイアップという構造の中で、ひとつの鮮やかな答えを出しているということだろう。“オトノケ”はまず韻として『ダンダダン』を踏まえたものになっているだけでなく、オカルトやホラーを題材にしたアニメの世界観にのっとって、憑依するものとされるものの関係を音楽になぞらえるという、自分たちの曲としても説得力を持つメッセージ性を成立させている。 この曲はR-指定からアカペラで送られてきたラップをもとにDJ松永がトラックをつくるという制作方法をとったのだという。こうした作り方も楽曲の聴き心地のよさや展開のダイナミックさにつながっているはずだ。 ここ最近ではアニメのタイアップからヒット曲が生まれることが多くなっているが、そこで肝心となるのが作品の世界観とアーティストのクリエイティブが良質な化学反応を生んでいるということだ。たとえば『君の名は。』とRADWIMPS、『THE FIRST SLAM DUNK』と10-FEETはその好例だろう。 ただ、ロックバンドやシンガーソングライターに比べ、ヒップホップユニットがこうしたタイプの楽曲をヒットさせた例は少なかった。そもそもラップは自分自身のことを表現するアートフォームである。ヒップホップはストリートカルチャーに由来がある。他者の物語に寄り添うことは本来的には相性が悪い。ただ、 Creepy Nutsはたぐいまれなるスキルでその新しい「回路」を切り拓いたのだと思う。 Creepy Nutsの成功は、ひとつのマイルストーンになった。もちろん、セルアウトを良く思わないタイプのヒップホップヘッズはいまも昔もいるだろう。しかし、かつてのR-指定やDJ松永のように、いまの彼らに憧れる10代はそれ以上にたくさんいるはずだ。 そういう意味でも、彼らが成し遂げたことはとても大きな偉業だと思う。(テキスト:柴那典)