<欧米から遅れる日本の偽情報対策>AI進歩で日常に潜む新たなリスク 政府中心を脱却し社会全体で対策を急げ
そうした中で、23年8月に処理水海洋放出を迎えた。中国では処理水を「核汚染水」と呼び、「大量の魚が死んだ」「海中の生物が変異した」といった食の安全に関わる偽情報が拡散された。さらには、処理水の海洋放出とは直接関係のない映像や画像を使って処理水の危険性を訴える偽情報が中国語のSNSアカウントなどによって拡散された。また、海外の聴衆向けに、日本の対応を非難する言説も流布した。 日本政府は比較的早い段階からこうした偽・誤情報に多言語で反論し、海外の聴衆向けには公式SNSアカウントや動画を用いて処理水放出の安全性について情報発信をした。 また、最近では、偽情報対策を通じた国際連携も拡大させており、23年12月には、外務省と米国務省との間で、外国からの情報操作の脅威に対抗するための協力文書が作成され、今年4月の日米首脳会談の成果文書の中でも、日米が外国からの情報操作へ対処するために二国間および多国間協力を強化することが明記された。
日本の偽情報対策において山積する課題
日本の偽情報対策は現在、黎明期であると言えるが、課題も山積している。まず、日本では、政府中心で偽情報対策が進められているため、対策において、諸外国では当然のように活動している民間の研究機関やNGO、ファクトチェック団体など、政府以外のアクターが果たす役割の重要性に対する理解が当事者間で高まっていない。さらに民間セクターや市民社会の活動の規模は他の西側諸国と比較し小さく、アクター横断的な議論やコラボレーションの場もほとんどない。 関係省庁間の横断的コミュニケーションの不足という組織構造の課題だけでなく、偽情報対策を主導する政府の対策の対象をめぐる課題もある。現在、総務省が、生成AIの出現やデジタル空間におけるステークホルダーが多様化したことを念頭に国内の偽・誤情報への対応方針と具体的な方策の検討を始めているが、「国家安全保障戦略」や同志国からの働きかけの影響を受けてか、全体として見れば、現在の日本の対策は外国発の偽情報の脅威により重点を置く傾向にある。 また、何をもって「偽情報」と判断するかに関する基準が必ずしも明確でなく、省庁間で表現も統一されていない。「偽情報」のほかに、「情報戦」や「情報操作」「認知戦」といったさまざまな用語が用いられ、また、それが何を指すかが必ずしも明確ではなく、ステークホルダー間の意思疎通や情報共有の妨げとなりかねない。 対策の中身については、ほとんどの関連省庁で偽情報の「監視と報告」という、いわばモグラ叩き式アプローチに焦点が当てられる傾向があり、「プレバンキング」(偽情報に対する予防的耐性を事前に構築すること)に向けたアプローチの検討が遅れている。