<欧米から遅れる日本の偽情報対策>AI進歩で日常に潜む新たなリスク 政府中心を脱却し社会全体で対策を急げ
政府中心を脱却した社会のレジリエンス強化を図れ
世界的に、偽情報対策は政府が単独で行うべきものではないとの見方が圧倒的に多い。政府が中央集権的な対策を進めると、検閲につながるリスクもあり、実際に、米国ではバイデン政権の偽情報対策を「最悪の検閲だ」として、一部の州司法長官やジャーナリストなどが政府機関を非難する事態が相次いでいる。カナダでは、トルドー政権がオンラインコンテンツを規制する「オンライン被害防止法案」(B-63法案)を2月に提出したが、同法案に含まれるオンライン上の「ヘイトスピーチ」には民事罰および刑事罰が規定されている。一部の人権団体や法律家などからは、表現の自由、プライバシー、抗議の権利に対する侵害になりかねない、あるいは政府に広範な権限を付与しうるといった強い反発がある。 偽情報対策の要は、対策を政府だけが行うのではなく、社会全体のアプローチによって、偽情報に対する社会的レジリエンスを強化し、健全な情報環境を確保することである。それには、民間セクターや市民社会の活動が今よりも活発化し、情報発信、研究、教育、ファクトチェック、メディアのジャーナリズムの質の向上などに向けた多面的な取り組みが求められる。 最近では、企業などの民間セクターや、研究機関、非営利団体などの市民社会団体においても、偽情報対策に関連する活動を実施する動きが見られるようになった。例えば、ファクトチェック団体やメディアによるファクトチェック件数が増えてきており、一部の研究機関も、偽情報関連の研究を行うようになっている。さらには、偽情報の調査分析やプロパガンダ検知の技術開発を行う企業も出始めた。 ただ、最も重要なのは、中長期的なアプローチとして、市民一人ひとりのメディアリテラシーを向上させることだろう。偽情報を見抜く力は、偽情報の脅威への強力な抑止力となり、社会の情報環境の健全化に欠かせない要素である。生成AIの発展により偽情報の量・質は向上し、それらのリスクが拡大する可能性があり、モグラ叩き式の対策では立ち行かなくなる。 現在、総務省が市民のメディアリテラシー向上のための取り組みを行っているが、民間セクターや市民社会団体など、政府以外のアクターが、国内外の多様なアクターと協力・連携し、活動の幅を広げることが重要だ。台湾の研究センターやボランティア団体は、地域の学校など他の団体と協力しながら、リテラシー教育や教材開発などにも力を入れている。台湾では、中国からの介入の脅威に日常的に晒されているために、民進党政権下で多様なアクターによる偽情報対策が成熟してきた。欧米諸国は、台湾の経験や、市民社会、民間セクターによるボトムアップの取り組みに高い関心を示しており、米国などは台湾の一部の団体に偽情報研究や対策などの資金援助を行っている。 また、プレバンキングの重要性も対策において検討されるべきだろう。過去の災害や選挙などで拡散した偽情報とその傾向を分析し、今後出てくる可能性のある偽情報を予測し、事前に情報発信するといった積極的な対策は、デバンキングよりも効果的だとして、欧米諸国の政府、民間セクター、市民社会で注目されている。 偽情報は、決して政府だけが対策すべき「外国からの脅威」という遠い存在ではない。政治のみならず、社会、経済、公衆衛生といったわれわれの日常に潜む「リスク」として、多様なアクターが多面的に向き合わなければならない問題である。
桒原響子