両腕で歩くミャンマーの牧師と合気道開祖の「最後の内弟子」 Vol.13
まさに「地獄」の様相を呈している――2021年に発生した軍部によるクーデター以降、ミャンマーでは軍事政権の国軍(ミャンマー軍)と、軍事組織としてのKNLAを有するKNU(カレン民族同盟)やカチン州、シャン州、カヤ州などの武装勢力が組織した反政府(反軍事政権)の連合的武装組織PDFの戦闘が激化している。今年に入り、軍事政権はついに18歳以上の国民を徴兵するとまで発表した。 2024年現在、ミャンマーに向けられる視線は「反民主的な軍事政権VS民主化を求めるレジスタンス的武装勢力」の構図一色に塗りつぶされているが、はたしてクーデターが発生する前のミャンマー、そのディテールに目を向けていた者がどれほどいただろうか。 本連載は、今では顧みられることもなくなったいくつかの出来事と、ふたつの腕で身体を引きずるように歩くカレン族の牧師を支えた日本人武道家を紹介するささやかな記録である。
半分の身体
「普通の奴は、3本足で一人前だろ。おれには足が1本しかないから、それで3本分。自由自在さ」 3本足、右足、左足、男なら持っている股間の足。ビレイ牧師は下ネタが好きだが、もちろん相手は選ぶ。タイ国外から「人道的巡礼」に訪れる教団の信徒たちの前では、そんな冗談は口にしない。 「おれは、身体が半分だからな」 これも口にしない。 東南アジアやアフリカで、牧師に似た人には幾度も会ったことがある。ポリオのせいで両脚が麻痺した者だ。ある者はスケートボードの上に座り、両手で地面を漕いでいた。また別の者は手作りの木製車輪に乗っており、車椅子や電動車椅子を使う人もいた。ビレイ牧師は、その誰とも違う。24時間365日、両手にサンダルをはめ、両膝に軍用のニーパッドをつけて、虎のように四つ足で歩くのだ。 「施設の子供たちを連れて、動物園に行ったら、ライオンが怯えて後退りしたんだ。驚いたよ」 様子を見にきたタコラン村の住民のひとりが教えてくれたが、たしかに、ビレイ牧師の姿には崇高さが漂っている。だが、その崇高さを支えているのは、神の威光やゆるぎない信仰心ではないだろう。ビレイ牧師は取材班の半分以下の速度と高さで、両手と両膝を使って前に進む。彼の所作には一寸の隙もなく、力強い。異常に発達した僧帽筋と肩、それに二の腕を使って身体を浮かせてベンチに座り、両腕だけで柱を登って屋根を修理し、畑を耕す。牧師と呼ばれるずっと前から、彼はそうやって生きてきたのだった。 取材班は、ペペよりも牧師の話を聞きたくなった。本間と山本に事情を話すと、ペペの付き添いをしてくれるというので、ふたりを連れて、クロエが待つ農道の車に向かった。念のため、事前に確認すると、本間も山本もその教団の信者ではないと言う。 どうやって調べたのかは伏せるが、取材班はふたりの言葉が嘘ではないことをその場で確認し、その旨を〈イギリス人の組織〉の者らに伝えた。その結果、双方の大人が立ち会いのもと、クロエとペペは旧交を温められることになったのだった。