【M-1】お笑いの賞レースで「つかみ」は必要か? 2023年M-1決勝での令和ロマンが教えてくれた「つかみ」の正解
石田明のM-1論#3
漫才の賞レースは、ネタの制限時間がシビアである。M-1グランプリでは1回戦は2分、2回戦・3回戦は3分、準々決勝・準決勝・敗者復活戦・決勝戦は4分と定められている。この短い時間の中でネタに入る前の「つかみ」は必要なのか? 意味があるのか? 【画像】「NON STYLE」の石田明氏 石田明氏の新著『答え合わせ』(マガジンハウス)より一部抜粋、再構成してお届けする。
「つかみ」でお客さんの緊張をほぐす
若手の子たちから「賞レースでつかみを入れるかどうか迷っています」と相談されることがあります。賞レースはネタの制限時間がシビアなので、つかみに時間をかけずにすぐメインのネタに入ったほうがいいんやないかと考えているんでしょう。 僕自身の考えをいえば、賞レースでも寄席でもつかみは入れたほうがいいと思っています。 漫才はいかに早くお客さんとの間に「聞いてもらえる雰囲気」を作れるかが勝負です。ネタに入ったら基本的には「2人の会話」になるので、お客さんを引きつけるチャンスはやっぱり最初です。 だから、舞台に出てきた開口一番につかみを入れる。要はアイスブレーク的なやりとりを入れて緊張を解いたほうが、その後、漫才がやりやすいんです。 「緊張を解く」というのは、漫才をする側の緊張ではありません。 実はつかみによって、漫才を見ている側の緊張を解くことができるんです。それもコアなファンの緊張をほぐすことができます。なぜなら、近しい人ほど、最初の笑いが起こるまで「今日は、大丈夫かな」と緊張してくれているものだからです。
お客さんも緊張している
その緊張には拡散作用があります。コアなファンたちから一般のお客さんにまで緊張が広がり、会場全体がピンと張り詰めている。そこに漫才師は「どうもー」と飛び出していくので、いの一番に空気をほぐしたほうがネタに入りやすい。そうすることでお客さんが笑いやすい雰囲気を作れるんです。 2023年のM-1決勝の令和ロマンは、見事なつかみをしていました。まず、くるまくんが相方のケムリくんのヒゲをいじる。 くるま:(こちら)松井ケムリさんという方でして、ヒゲともみあげがつながっております。反対側もつながっている。なんでつなげてるんだろうっていう疑問、湧きますよね…… このあと、すぐに答えを言わず、妙な間を空けます。お客さんは「これで小顔に見せようとしている、とか言うのかな?」と想像する。するとくるまくんが、こう続けます。 くるま:これ簡単でして……、毛でもって、自分の顔を、ぐるりと囲うことによって……顔の内側を日本から独立させようとしてるんです このように誰も想像がつかないことを、もったいつけながら言う。ここでケムリくんが「そんなわけないだろ」とシンプルなツッコミを入れて、ドカンと笑いが起きました。 ちなみに決勝の2本目はこんな振りでした。 くるま:こちら覚えてますかね、松井ケムリくん。ヒゲともみあげがぐるっとつながっている。なんでつなげているのか覚えていますか? ……顔を毛でぐるっと囲わないと、スタジオと自分の境い目がわからなくなるからです。 同じ振り、似たような間で、1本目とはまた違う意外なボケを入れて確実に笑いをとっていました。あれだけゆっくり客席に向かって話すのは、芸人としてはかなり勇気のいることです。 くるまくんは、「間のファンタジスタ」みたいなところがありますね。フットボールアワーの後藤さんと話したときも、「あいつ、ほんま怖い間で待ちよるやろ」と言っていましたが、同感です。芸人だったら怖いくらいの「間」を作っておいて笑いをとる。くるまくんの度胸なのか余裕なのか勇気なのか、よくわからんけど見事なもんやと思います。