【マリウス葉】、姉と語る。思考し続ける二人が向き合う、健康的な心と社会のこと
マリウス葉が慕い、敬愛する姉のマリレナがついに登場。強い絆で結ばれた二人がメンタルヘルスからフェミニズムまでを自由な思考で語り尽くした。 【写真】マリウス葉が敬愛する姉のマリレナと語る!
■空想癖があったマリウス。算数の答えにも創作が! ――マリレナさんは、現在、暮らしているベルリンから、今朝、東京に着いたばかりです。お疲れのところ、ありがとうございます。 マリレナ こちらこそ、弟がいつもお世話になっています(笑)。姉弟対談、すごく楽しみにしてきました。 マリウス マリレナと一緒にスタジオで写真を撮ったのも初めてだよね。ちょっと照れくさかったけど、お母さんがきっと喜ぶね。 ――まずはお二人の関係性を少しお伺いしたいんですけれど、マリウスさんは三人きょうだいなんですよね。 マリウス そうです。姉のマリレナが一番上で、僕とは8つ違い。真ん中に兄のマックスがいて、僕は末っ子。マリレナとは小さい頃からすごく仲がよかったんですよね。頭がよくて、責任感が強くて、しっかり者のお姉ちゃんだったから、僕は頼ってばかりでした。 マリレナ マリウスは、すごくやんちゃで、面白い子でしたね。空想癖があって作文とかもファンタジーになっちゃうの。算数のテストでも面白い解答があったよね? マリウス あれね。「子ブタが毎日3キロのエサを食べたら、5日後、子ブタは何キロになりますか?」っていう問題で、僕の解答がなぜか最初より体重が減っていて。 マリレナ その理由が「子ブタが風邪をひいたから」って。単純な問題なのにそこにストーリー作る!?って(笑)。それと弟は、よく歌ったり踊ったりしていましたね。私の18歳の誕生日会のときは、友達が30人くらい集まってくれたんですけれど、10歳のマリウスが、「愛する姉へのプレゼントです」って、みんなの前でダンスを披露してくれて。 ――可愛い! それは見たかった! 昔から歌と踊りは好きだったんですね。真ん中のマックスさんはどんなキャラですか? マリウス 企業に勤めるビジネスマンなんですけれど、ユーモアのセンスが抜群で、家族をいつも笑わせてるね。 マリレナ それと行動力がすごい。5歳のときから道端でハーモニカを吹いて、お金を稼いでいたからね(笑)。昔から誰とでも友達になっちゃう才能があった。 マリウス そう。学校の友達はもちろん、近所の店の大人たちとも友達で、街を歩くと5分おきに、「マックス!」って呼びとめられる人気者。ドイツにいたとき、学校が9年制で、上級生に姉と兄がいたんです。僕が二人と一緒に歩いていると、同級生から「マリウスのお姉ちゃんとお兄ちゃんかっこいいね」ってうらやましがられていた。自慢の姉と兄なんです。 ■人生の幸せもキャリアも心と体の健康があってこそ ――三人はとっても仲よしなんですね。それだけに、マリウスさんがメンタルに不調を抱えたときはびっくりされたのでは? マリレナ すごく心配しました。当時、私はロンドンの大学院にいたので、毎日のように長電話して話を聞いて。 マリウス あのときは本当に助けてもらった。僕が仕事に対して大きなプレッシャーを感じていると知って、マリレナが「一度、そこから離れたほうがいい」とアドバイスしてくれて。「今まで頑張ってきたんだから、もったいないよ」じゃなくて、「キャリアより、健康が最優先だから」って。心から僕のことを心配してくれてうれしかった。 マリレナ 私の考えだと、人生の幸せには、まずベースが必要だと思うの。ベースというのは心と体の健康ね。その上に、家族、友達、キャリアなんかをのせていく感じ。だから、たとえ仕事で成功したとしてもベースが整っていないと不安定で、短期的にはうまくいってもいずれは崩れてしまうんじゃないかって。 マリウス 支えられなくなってしまうんだね。 マリレナ そう。だからマリウスは歌や踊りが大好きだって知っているけれど、ちゃんと土台をつくった上で再びキャリアを築く必要があると思った。芸能界とは違う道を進むとしても、その作業は必要なんじゃないかって。 マリウス その考えは正しいと思う。ドイツに戻ってセラピーを受けるようになってからは、自分の心と向き合うことが、どれだけ大切なことか、よくわかった。周囲の評価を気 にしすぎて、本当の自分を見失っていたこともわかったしね。今でもセラピーで新しい学びや鳥肌が立つような気づきに出合うことがあるとマリレナに報告するんだけど、「それは大きなステップだね」なんて言われると、安心するし、励みにもなってる。 マリレナ でも私がメンタルダウンしたときに「助けて」って言えたのはマリウスだよ。マリウスのおかげで救われてたと思ってる。 ――マリレナさんもメンタルヘルスの問題を抱えたことがあるんですね。ロンドンで大学院を卒業後、世界的なコンサル企業に就職して、その後は自ら起業して……と人もうらやむ経歴ですけれど、 何が原因だったんですか。 マリレナ 起業したとき、ビジネスパートナーとの人間関係に悩んでしまったんです。でも、事業はうまくいっていたので、なかなか手放せなくて、乗り越えようと頑張りすぎてしまったんですね。気づいたときには、すっかりメンタルの調子を崩していました。 ■シモーネ・バイルズ選手からマリレナが得た学びとは マリウス あのときは本当につらそうだったね。それまでマリレナは何でもできて、失敗なんかしない人だと思っていたけれど、「お姉ちゃんも人間なんだ」って初めて思った。 マリレナ 私も自分は強いからうつになったりしないと思っていたけれど違った。ちょっとしたことで、誰でもなり得るものだし、むしろ頑張りすぎてしまう人のほうが、失敗することへの恐怖が大きくて、「これができなかったら自分はダメな人間なんだ」と落ち込んでしまうケースがあると思う。アメリカの女子体操のバイルズ選手もそうだよね。ネットフリックスで「シモーネ・バイルズ 限りなき高みへ」というドキュメンタリー作品を見たら、すごく共感できて学びがあった。 マリウス きょうだいのLINEグループに、「これ絶対観て!!」って送ってきてたね。 マリレナ そう。彼女は、東京五輪のときにメンタルに不調を抱えて競技の途中で棄権したのね。それでSNSでたたかれたりもしたけれど、今回のパリ五輪で見事にカムバックして金メダルも取って。すごいことだよね。 マリウス オリンピックとなると、勝たなければいけないというプレッシャーが大きいから、自分の限界を超えていかないといけない。でも、リミットを外すことで、大怪我をしたり、自分が壊れてしまう可能性もある。そのバランスは、すごく難しいんだろうな。 マリレナ だから彼女が棄権したのは、逆に強さだって言う人もいる。 マリウス わかる。勇気のいることだよね。しかも一度下がったところから、また上がったところに意味があるというか。 マリレナ そう。メンタルをやられると、「この人は弱い人なんだ」ってレッテルを貼られがちだけれど、そうじゃない。人にはそれぞれ人生のフェーズがあって、成長のプロセスとして、アップしたり、ダウンしたりする時期が誰にでもあるということ。そして、そこからまた上がっていくことが可能なんだって、彼女は教えてくれたと思うのね。 マリウス 大事なことだね。 マリレナ 他人に見える成長と、自分にしか見えない成長があると思うの。メンタルダウンしていた時期、私もマリウスも人から見たら成長どころか後退したように見えたかもしれないけれど、私はこれまでの人生で、そのときが最も成長したと思うし、あの時間があったから、今後の人生がより豊かになるんじゃないかと思う。これをきっかけに、メンタルヘルスについてもっと知りたいと思うようになって、今はセラピストの資格を取るために勉強しているしね。 マリウス そうだね。本当の成長って、ただスキルが身につくとか、ビジネスを成功させるとかじゃなくて、自分でも気づかなかった痛みや、心の中に隠していた感情に気づいて、自分を理解していくことなんだなって思う。そしてこの経験を通して、僕とマリレナの関係も変化したよね。それまで僕はマリレナに支えてもらう一方だったけれど、サポートし合える関係性に変わったというか。 マリレナ うん。大人同士の対等な関係になって、さらに絆が深まったんじゃないかな。 ■男性中心の社会で、女性がありのままでいることは難しい マリレナ ところでマリウスは最近、気になるニュースって何かある? マリウス 僕はやっぱりアメリカの大統領選挙かな。アメリカ人ではないけれど、世界に及ぼす影響は大きいし。民主党候補のカマラ・ハリスさんは、当選したら、アメリカ初の女性大統領になるから、「ガラスの天井」(女性の昇進を阻む目に見えない障壁)は破られるか、ということでも注目されているね。 マリレナ 彼女は検事から政治家になって、強くなきゃいけないみたいな世界で生きてきた人でしょう? でも、そのわりにあまりガチガチな感じがしないというか。 マリウス 自然で温かい感じが素敵だと思う。ハリスさんがお母さんから叱られたエピソードも好き。「あなたは、突然、自分がココナッツの木から落ちてきたとでも思ってるの?」「あなたたちは、その前からあるコンテクスト(文脈)の中にあって、社会とともに存在しているのよ」と諭されたって。そういう俯瞰した視点、素晴らしいよね。 マリレナ 男性中心の社会で、女性がありのままでいるって、とても難しいことだけど、ハリスさんが自分らしくあるように見えるのは、お母さんの教育も影響しているのかも。 ――マリレナさんが以前、勤務していたのは、外資系の大手企業ですけれど、そういう先進的なグローバル企業でも、まだ男性優位という感じなんでしょうか。 マリレナ お給料とか制度的な格差はなくてもビジネスの世界は、まだまだ男性が圧倒的に多くて、男性中心なんですね。コンサルに勤めていたときもチーム内はほとんど男性。相手のクライアントもほとんど男性。 マリウス よく言っていたね。「今日、会議で女性は私ひとりだけだった」って。 マリレナ そう。だから女性が自信をアピールするときは、自信のある男性のかたちをコピーしている場合が多いように思います。そのほうが出世するし、投資もしてもらえるし。 逆にありのままの自分を出すと、「自信がないのかな」って受け取られてしまうから、女性は、男性のフリをして仕事をしていることも多いんじゃないかな。 マリウス おかしな話だよね。仕事のスキルではないところで判断されるなんて。 マリレナ でしょう? それに対して私はずっと怒りを感じていたけれど、怒りってネガティブな感情だし、女性が怒ると、すぐヒステリーとか言われるから表に出しちゃいけないと思っていたのね。でも、最近は考えが変わった。感情って、それぞれ役目を持っていて、怒りも何かが間違っていたときに自分を守るために必要だと思うの。だから怒りを抑え込むのではなくて、それをエンジンにしていいんだって。女性は怒りを取り戻していいんじゃないかって今は思ってる。 マリウス 最終的には、女性らしさ、男性らしさっていう考え方自体、なくなるのが理想かもしれないけど、今はまだ過渡期だから闘うことも必要だよね。そしていつかは性別にしろ、人種にしろ、誰もがありのままの自分でいられる社会になってほしいなと思う。ちなみに僕は、よく「女子力が高い」って言われるでしょう?(笑) 料理が好きだったり、可愛い服が好きだったり、スキンケアをしたりするから。でも、それは僕にとっては「女性らしさ」とは関係なくて、ただ自分が好きなことをやっているだけなんだよね。 マリレナ そう、それね。男性だから泣いちゃダメとか、女性だから料理がうまくないとダメとか、刷り込みをなくして、ありのままの自分でいられる社会になってほしい。それが私たちの世代の責任だと思うのね。 マリウス 世代によって責任は変わるって話だね。戦後世代は、とにかく国の復興が最優先だったけれど、僕たちの親世代は豊かさを求めて、経済や技術力にまい進して。じゃあ、自分たちの世代の責任は何かといえば、人権だったり、環境だったり。フェミニズムやメンタルヘルスも間違いなくそのひとつだと思う。 マリレナ そういう問題に目が向くのは、日本が豊かで平和だからで、上の世代からしたら贅沢な悩みだと思うかもしれないけれど、 だからこそ、人間の本質に関わる重要なテーマだと思う。それを私たちの世代で解消して、次の世代にそのトラウマを残さないことが大事なんじゃないかと思います。今の世の中、楽しむことより、心身ともに自分を追い込んだり、痛めつけたりしてこそ、栄光が手に入るんだみたいな風潮があるけれど、私たちの世代の役目は、バイルズ選手が「笑顔で優勝しようよ」っていうメッセージを世界に飛ばすようなこと。私も何かを飛ばしたい。 マリウス 僕も飛ばしたい! ――SPURも飛ばしたいです! お二人のお話、とても勉強になったし、前向きな気持ちになりました。ありがとうございました! ◇マリウス葉 2000年、ドイツ生まれ。幼少期を父の出身地のハイデルベルクで過ごす。元タカラジェンヌの母の影響で歌や踊りのレッスンを始め、11歳でアイドルグループのメンバーとしてデビュー。2022年12月芸能活動を引退。2021年9月スペインの大学に編入、2024年7月卒業。姉弟のポッドキャスト「Mari & Us」では、メンタルヘルスや自己成長、社会問題、そして日本であまり語られないタブーな話題まで幅広く取り上げる予定。 ◇マリレナ 1992年、ドイツ生まれ。早稲田大学卒業。専攻は政治学。イギリスのロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの大学院を修了。世界的なコンサルティング企業に勤務した後、ベンチャー・キャピタル企業に転職。その後、起業するが離職。現在はセラピストの資格を取得するためにベルリンで勉強中。この秋から弟マリウス葉とともに、ポッドキャスト「Mari & Us」をスタート。 SOURCE:SPUR 2024年11月号「One step at a time マリウス葉の一歩ずつ進もう」 photography: Naoya Matsumoto styling: Naomi Shimizu hair: KOTARO make-up: Tomomi Shibusawa 〈beauty direction〉 interview & text: Hiromi Sato