バラを敷きつめ武器を溶かして…「弱者の物語」をアートで伝える彫刻家ドリス・サルセド【世界文化賞】
椅子と記憶:過去と向き合う
―――『ノビエンブレ6&7』の制作意図を教えてください。 サルセドさん: 1985年、ボゴタの司法宮殿がゲリラ(アンブレラ運動)に占拠され、その後、軍の報復で100人以上の裁判官が命を落としました。この事件はほとんど報道されず、人々の記憶から忘れ去られていきました。 しかし、17年後、私は司法宮殿前に椅子を並べ、失われた記憶を取り戻すための“追悼の場”を作りました。遺族たちは53時間その場に集まり、事件の重みを感じながら、その時間を共有しました。 この体験を通じて、忘れられた記憶が今も生き続けていることを実感し、それを伝えることの大切さを改めて感じました。
母の記憶と浮かび上がる名前
―――初期の作品では名前のない人々の死を表現していましたが、いつから名前を使うようになったのでしょうか?その理由は? サルセドさん: 以前、私は常に“無名の被害者”を取り上げてきました。彼らは社会から排除され、語られることもありませんでした。しかし、移民問題を目の当たりにする中で、被害者の家族が失った人々の名前を求めていることに気づきました。そこで、私は名前を使うことにしたのです。 『パリンプセスト』では、水滴が集まり、犠牲者の名前を形作る様子を描いています。水滴の美しさと塩辛さは、亡くなった息子の名前を探し続ける母親を象徴しています。名前は個人を超えて、すべての犠牲者を代表するものとして意味を持っています。
沈む土地、枯れる森:地球と共に生きる未来
―――最近のインスタレーション『根絶』は、気候変動や強制移住の影響をテーマにしています。 サルセドさん: コロンビアの情勢が少し安定してきた中で、“気候移民”に注目しました。中央アメリカからアメリカへの移民キャラバンを通じて、気候変動の影響を実感しました。水不足や荒れた土地、消えゆく森など、地球の破壊が進んでいる現状を目の当たりにしました。 この作品では、家の形をした構造物を使って枯れた森を表現しています。気候問題が深刻化する中で、私たちが地球をどう守るべきかを問いかけています。