京都で制作を続けた木漆工芸の巨人・黒田辰秋を知る絶好の機会
■ 仕事全体像を示すだけじゃない…大胆な構成
京都らしさを強く感じさせてくれる喫茶店に、京都大学北門前の「進々堂」がある。学生街らしい客層に加えて、なにより店の雰囲気を強く規定しているのがどっしりとした存在感のある長机と長椅子。これを制作した木漆工芸家・黒田辰秋の一大展覧会が「京都国立近代美術館」(京都市左京区)で開かれている。 【写真】展示の最後には黒田の肖像が 祇園の塗師屋の家に生まれ、京都で制作を続けた黒田の本格的な展覧会は、そもそもこれまで数えるほどしか開かれていない。最初期から最晩年にいたるまで「仕事の振れ幅が少ない」作家というのも、その理由のひとつかもしれない。起伏のある人生ドラマを追いつつ、作品の変遷をたどるという、回顧展の定番フォーマットに当てはめ辛いところがあるのだ。しかも、作品にはテーブルセットや戸棚などの大ぶりな家具も少なくなく、集めるのも大変だ。 というなかで、今回の展覧会は展示構成からして大胆な構成を導入。黒田の仕事の全体像を示すだけでなく、あらためてその作品を読み解き、その魅力に深く触れる展覧会となっている。 なによりも黒田が生み出してきた数々の作品には、引き締まった緊張感がある。鑑賞者自身の生活にもどこかつながる実用性のある道具でいて、そのあり様が圧倒的に研ぎ澄まされた迫力があるから、だろうか。
■ 第1部はさながら黒田の代表作大集合の趣き
大胆な展示構成というのは、展覧会を大きくふたつに分け、前半の第1部は1972年に刊行された黒田の作品集『黒田辰秋 人と作品』の掲載作品をそのまま集めて見せたこと。 黒田の生前68歳のときに編まれたこの作品集は、文筆家の白洲正子が編集を務め、写真監修に土門拳、装本は芹沢銈介、志賀直哉、武者小路実篤、川端康成、小林秀雄らがテキストを寄せたという限定300部の豪華本にして、黒田作品集の決定版ともいうべきもの。 この本こそが黒田を語るうえでの最重要資料であるとの認識から、この本で紹介された作品をあらためて展示室に並べてみせることで、黒田の仕事の全貌をまずは示してみせたのだ。 先に触れた[進々堂]のテーブルセットや、[鍵善良房]の大飾棚のような今も店舗で実際に使用されているものまではさすがに展示されていないが、数多くの個人蔵作品も含めて各地から集められた第1部は、さながら黒田の代表作大集合の趣き。円卓と椅子の家具セットから茶棚、菓子器、茶筒、火鉢に紙刀まで、掲載作品84件のうち、49点が揃う。 個人的には、50年以上前につくられた作品集の制作現場が垣間見えるようでもあり、興味深く拝見。黒田辰秋と白洲正子という個性がこれらを選び、記録し、本の形に収めていったという事実を追体験できるような展示って、まずちょっとあり得ないこと。白洲が黒田のことをどう評していたのかも読みたくなってくる(白洲正子の随筆集『縁あって』にも収録)。