TikTokで流行の「#ストリートスナップ」は“写真表現の未来”となるか
倉石 信乃(明治大学 理工学部 教授) 人々が「カメラを向けられること」に敏感になった現代社会では、プロの写真家であっても路上を自由闊達に撮影する創作活動が難しくなっています。一方、TikTokでは「#ストリートスナップ」が大流行し、総閲覧回数は10億回をゆうに超えています。路上での写真表現は今後どうなっていくのか、スナップの歴史を紐解きながら考察します。
◇TikTokで大ヒット「#ストリートスナップ」とは何か? 2023年、若者に人気のショート動画投稿アプリ「TikTok」で「#ストリートスナップ」というハッシュタグが大ヒットし、アプリ内でもっとも流行した「トレンド」を決定する「TikTokトレンド大賞2023」を受賞しました。公式ページではこのように説明されています。 〈TikTokを通じて広まった「ストリートスナップ」は街行く人々に声をかけ、綺麗な写真を撮影するトレンドです。様々な人々の魅力を引き立ててシェアするだけでなく、異なる視点や感性を共有するコミュニケーション手段の一つとして注目を集めました。「ストリートスナップ」の総視聴数は12月時点で13.3億回超え。〉(「TikTok Newsroom」2023年12月15日付) 私はTikTokのヘビーユーザーではなく、むしろまったく疎い方なのですが、写真の批評や写真史・美術史研究に携わる者として、「#ストリートスナップ」の流行という現象は無視できません。 それは、13.3億回という尋常ではない再生回数だけが理由ではありません。人々のプライバシーや「防犯」の意識の高まりにより危うくなった「ストリートでシャッターを切る」という行為が、「動画」の形式とSNSを通して、その意味合いを著しく変質させているからです。 そもそも、一般的に「スナップショット」ないし「スナップ」は「日常的な瞬間を即興的に捉えた写真」という意味で理解することができます。しかし、写真の世界で「スナップショット」と言った場合には、日常性や即興性に加えて「被写体のニュートラルな表情や仕草」「事前の打合せや演出を排する撮影者」「カメラの介在による演技への警戒」といった要素への価値付けがついてまわります。 とりわけ、路上で/路上を撮影する「ストリート・スナップ」は、日本の写真界が伝統的に得意としてきたジャンルです。その成立においては、1930年代の木村伊兵衛、土門拳、渡辺義雄といった写真家の登場とシンクロしており、戦後に至っても、土門が牽引した「リアリズム写真運動」、中平卓馬、高梨豊、森山大道といった『プロヴォーク』の写真家らの活躍のように、いわゆる「表現」としての「シリアスな写真」の中核を担ってきました。 それらのスナップは必ずしも被写体がカメラを意識しないことを条件にはしていませんが、少なくとも撮影者が路上を行き交う人々にあまり積極的に声をかけることはなく――子供は例外だったかもしれません――、それぞれ濃淡はあっても、「社会のありのままの姿」や「被写体の素顔」を志向する写真家たちが持つ「なるべく気づかれずに撮りたい」という一種の窃視的欲望が反映されています。しかしその欲望がなければ、「ありのまま」も「素顔」も露わにはならなかったのです。 一方、TikTokの「#ストリートスナップ」はどうでしょう。メディウムの特性上、それらはオートマティックに流れる動画の形式をとっています。動画は、多くの場合に動画撮影と写真撮影を兼ねる行為者(TikToker)が路傍を歩く人に対して、典型的には以下のように声をかける場面から始まります。 「すみません、ちょっとお時間よろしいですか? SNSでストリートスナップを撮ってるんですけど、お兄さんめっちゃ格好いいと思ったんで、写真撮らせてもらってもいいですか?」