日本でも広がる「森のラストベルト」日本とアメリカで起こる怨恨の実態、もう一つの分断
日本の森のラストベルト
海の向こうの話で終わらない。日本でも、森のラストベルトは確実に広がっている。森林を多く抱える地方の自治体は、農林業の衰退によって過疎にあえいでいるからだ。 若者は進学や就職を機に都市に出ていく。山村なのに林業従事者はほとんどいず、地場の小さな製材所も姿を消した。 地方創生を掲げて設けられた観光施設なども、閑古鳥が鳴き、廃墟になったものも少なくない。集落でも空き家が増え、残された者は高齢者ばかりだ。 そんな放置された森林地帯に、近年は高性能林業機械で山を丸ごと伐っている業者が入って来た。伐るのは、戦後植えて営々と育ててきたスギやヒノキ、カラマツなどの人工林だ。ようやく使える太さまで育ったというのに、森林所有者は町に移り住んだことで森林に興味を失い、木材価格も下落して林業を営む意欲を喪失していた。 そんな山を安く買いたたいて伐る、あるいは許可も得ずに他人の山を勝手に伐ってしまうのだ。補助金で山に道を入れ、補助金で購入した巨大な林業機械で、野放図な伐採を繰り広げている。 山肌は重機のキャタピラで攪乱され、草も生えなくなる。しかも伐採跡地の再造林はあまり行われていない。
盗伐した場合はもちろん正規の伐採地でも、植えられるのは、せいぜい3割程度だ。再造林しない伐採は厳密には違法だが、警察や行政は見て見ぬふりで止めようとしない。
過疎化と国土破壊という日本特有の問題
伐られた木材の行き先は、町にある大規模な製材所かバイオマス発電所だ。木造建築や再生可能エネルギーは「地球に優しい」と説明されるが、森林には優しくない。伐採によって傷つけられた山肌は、多発する大雨などで山崩れや大洪水など災害を誘発し、もう一つの地球的課題である生物多様性も破壊した。 そして木を伐り尽くしたら業者は去り、荒れたはげ山だけが残る。森のラストベルトが製造業の町より厄介なのは、環境、そして国土を破壊する度合いが大きいことである。 日本のラストベルトは、米国のように薬物汚染や犯罪多発には至っていないが、むしろ過疎化の進行が早く進む傾向にある。人口が減れば、政治に訴える力も小さくなるだろう。 だが、都市と地方の格差は経済だけでなく意識の面でも広がり、社会の分断を進める。これこそがラストベルトのもたらす最大の厄難だ。町に残る人々も、町に出た人々も、賑やかだった昔の思い出と故郷を喪失したルサンチマンをため続ける。 米国大統領選挙を通してラストベルトの存在を知った今こそ、自らの足元に膨れ上がっている森のラストベルトに気づいてほしい。 参照 『樹盗 森は誰のものか』リンジー・ブルゴン著、門脇仁訳 『盗伐 林業現場からの警鐘』田中淳夫著
田中淳夫