「今こそ、インターネット上での音楽表現を見つけるべき」――サカナクション・山口一郎が考えるコロナ以降のロックバンド
制作スタイルもまた個性的だ。 「3時間集中しては1時間休んで、また3時間やって1時間休むというサイクル。もともとショートスリーパーなので、睡眠は合間の1時間だけ。それが長い時は半年くらい続きます。部屋はカーテンを閉めっぱなしで夜に“偽装”したまま。携帯もWi-Fiも切るから連絡も一切つかない。『死んでるんじゃないか』とスタッフが鍵を開けて部屋に入ってきたことも。これじゃ恋人も作れないし結婚も難しいでしょうね。基本的に僕の歌詞は夜に一人でいる歌とか孤独の歌。孤独じゃなくなったら音楽が作れなくなるのかもしれない」 「1曲のために70パターンぐらいの歌詞やメロディーを書いて、1パターン目と30パターン目をカットアップのように組み合わせてみる。すると自分でも想像してなかった歌詞が現れたりする。僕は凡人だからここまで苦労しないと書けない……でも、ネガティブで優柔不断な人間が何周もして出した答えって、何だか信用できません?」
突発性難聴を発症して、メンバーの声が聞こえるように
現在41歳。26歳でデビューして27歳で上京。後にブレークという遅咲きだった。「30代が一番苦しかった」と振り返る。 「思春期から20代前半頃までの記憶で曲を書いてきたけど、その貯金を30代で使い果たしてしまった。それでも注目され始めたばかりだから曲を作らなきゃならなかった」 転機は2010年。突発性難聴の発症だった。現在も右耳は低音以外ほぼ聞こえない。 「その分、メンバーの声が聞こえるようになりました。昔は譲らないことも多くて衝突もしましたが、難聴になってメンバーに頼らざるをえなくなって、結果的に一人で背負い込むよりもよい成果が生まれやすくなった。あの時、難聴にならなかったら、音楽を続けてこられなかったかもしれません」
40代を迎えると、普遍性や時代の歪みが自然と描けるようになったという。 「自分とかけ離れた人の気持ちは書けないけど、サカナクションの音楽を好きでいてくれる人の気持ちなら書ける。吹っ切れた分、自分らしく音楽と向き合えるようになりました」 吹っ切れた今、強い信条を持って時代を泳ぐ。 「このコロナ禍に優先すべきことは、ビジネスよりもリスペクトだと僕は思うんです。たとえ今は赤字でも、可能性を感じてもらえたら5年後のオンラインライブは100万人が見てくれるかもしれない。時代に合ったシステムの構築。新しいコンテンツの発明。それが現代におけるロックバンドのアップデートでありパンクイズムだと思う。時代の変わり目には社会のシステムに異を唱え、壊し、再生する人が出てくる。僕は壊そうとまでは思っていないけど、ヒビぐらいは入れておきたい。獣道を切り拓くつもりでがんばっていこうと思います」 山口一郎(やまぐち・いちろう) 1980年生まれ。北海道出身。サカナクションのボーカル、ギターとして2005年に活動開始。2007年、メジャーデビュー。最新アルバム『アダプト』が発売中。 --- 内田正樹(うちだ・まさき) 1971年生まれ。東京都出身。編集者、ライター。雑誌『SWITCH』編集長を経てフリーランス。アーティストへのインタビューや、編集、コラム執筆を手掛ける。 スタイリング:三田真一(KiKi inc.) ヘアメイク:根本亜沙美