「アルツハイマー病発症」の原因が「腸」にもあるなんて…「短鎖脂肪酸」が「神経細胞」に与える「意外すぎる影響」
腸内マイクロバイオータが作る短鎖脂肪酸がカギ
私たちの周囲にはさまざまな微生物が存在しています。そのため、完全に無菌の状態で生活することは困難ですし、生まれたときから腸内には母親由来の腸内マイクロバイオータが存在しています。 そこで、通常の環境で飼育したTE4マウスに、認知症を発症することのない成長期の短期間だけ抗菌剤を投与し、腸内マイクロバイオータを一時的に除去しました。その結果、無菌TE4マウスとは異なり、アルツハイマー型認知症の発症を遅らせる効果は見られませんでした。しかし、成長期に抗菌剤を投与したオスマウスにだけニューロンへのタウタンパク質の蓄積が若干抑えられていたのです。この結果は、いったい何を示すのでしょうか? まず、オスの無菌TE4マウスと、成長期に抗菌剤を投与したオスマウスの腸内代謝物の組成が比較されました。その結果、成長期に抗菌剤を投与したオスマウスでは、腸内代謝物に短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)が統計的に有意に多いことがわかりました。そこで、腸内マイクロバイオータの中でも短鎖脂肪酸を合成する腸内細菌を除去したところ、アルツハイマー型認知症の発症が抑えられたのです。一方で、TE4マウスの餌に短鎖脂肪酸を添加して与えるとニューロンにタウタンパク質が異常に蓄積しました。 つまり、腸内マイクロバイオータが産生する短鎖脂肪酸がニューロンへのタウタンパク質の蓄積を引き起こしたのです(※参考文献4-19)。しかしながら、この研究成果が、そのままヒトにも当てはまるのかについては、現時点では不明です。 この章で取り上げたさまざまな研究成果から、腸内マイクロバイオータや腸内代謝物と記憶や認知機能との間には相関関係がありそうだといえます。ただし、注意しなければならないのは、これらの物質の生体への作用は極めて複雑で、「特定の細菌や腸内代謝物が腸内に存在すると、記憶力の低下や認知症の発症を防げる(あるいは病気にかかる)」といった単純なものではなさそうだということです。今後の研究の進展が待たれます。 ※参考文献 4-19 Seo DO et al., Science 379, eadd1236, 2023. * * * 初回<なぜ「朝の駅」のトイレは混んでいるのか…「通勤途中」に決まって起こる腹痛の正体>を読む
坪井 貴司(東京大学大学院総合文化研究科教授)