社長は実の母、「バチバチの対立」で娘の顔中にじんましん 歯ブラシメーカーを継ぎ、ポロッと出た「ごめんね」
戦後直後にローソクメーカーとして創業し、歯ブラシ事業を分離独立させる形で誕生したファイン株式会社。プラスチックを使わない、環境や健康に優しい歯ブラシなどで注目を集めている。現社長の清水直子氏は、2010年に母から継ぐ形で社長に就いた3代目だ。「もともと家業を継ぐつもりはまったくなかった」と語る清水氏に、どんな経緯で会社を継ぐことになったのか、話を聞いた。 【動画】なぜ事業承継が大切なのか専門家に聞いた。
◆「継ぐつもりはなかった」両親に押し切られる形で家業に戻る
――ファイン株式会社のこれまでの歴史を教えてください。 ファイン株式会社のルーツは、1948年に大阪でろうそくの製造所として創業した会社です。 事業を多角化する中で歯ブラシ事業が始まり、1973年に分社化し、私の父と母が引き継いで今のファイン株式会社となりました。 主な事業は約25年続く歯ブラシの企画開発・製造・販売で、3年ほど前から樹脂事業もスタートしました。 ご当地の天然素材を活用したオリジナルの歯ブラシや、グッズの企画・製造を検討する自治体、企業・団体の問い合わせ、相談を受けています。 ――清水社長がファインに入社されたきっかけは何だったのでしょうか。 大学を卒業後、貿易会社の事務員として働いていたのですが、2年目に入ってすぐ、両親からファインに入社するよう打診がありました。 当時ファインで海外のキャラクターを扱うことになり、ちょうどパソコンが出始めた時代で、英語とパソコンができるスタッフが欲しかったようです。 貿易会社ではいろいろな仕事を任せてもらい、すごくやりがいもあったので、かなり悩みました。最終的には両親に押し切られ、24歳でファインに入社しました。 ――もともと家業を継ごうという思いはあったのですか? 全然なかったです。 父は、いずれ私たち3姉妹の誰かに継いでほしいという思いがあったようですが、私は末っ子でしたし、私よりも遥かに優秀だった姉や姉の夫が継ぐと思っていました。 実際にファイン入社してからも、しばらくは経営を承継するつもりはほとんどなかったです。 しかし、もともと継ぐと思っていた義理の兄と、父の右腕だった社員が立て続けに会社を辞めました。 さらに、父が中咽頭癌を患い余命宣告を受け、共同経営者の母が会社を引き継ぐことになりました。 母と一緒に経営に関わるうちに、「自分が社長になるかも」という意識が生まれました。 小さい頃から父と母の仕事を見ていましたし、私は会社やお客様に育ててもらったので恩返しをしたいという気持ちもありました。