世界中で大ヒット「ゲルカヤノ」の生みの親・アシックス榧野さんってどんな人?
“ゲルカヤノ“は仮の名前だった
WWD:そして、まだ27歳だった93年に現在まで続くランキングシューズの基幹モデル“ゲルカヤノ“を発表するわけですね。
榧野:“ゲルカヤノ“も米国市場向けに企画したシューズです。時代背景から説明した方がいいでしょう。当時の米国はフィットネスブームによって、ランニングとフィットネスの境がなくなっていました。新作のターゲットは健康を目的に走る人たち。市場ではフィットネスランニングという言葉が浸透していました。今は走りに特化したパフォーマンスランニングという表現が一般的です。同じランニングでも時代によって意味合いは変わるのです。
初期の“ゲルカヤノ“には、今のランニングシューズにはあまり使われない固いパーツも使われています。だから現在から見たらかなり重たいシューズでした。ジムのトレーニングに兼用できるよう耐久性を追求したためです。
米国法人からは「デザインのイノベーションを起こしてくれ」とリクエストされました。行き詰まっていたら、ある日突然、クワガタのイメージが浮かんだのです。カッコいい角(つの)と硬い鎧を身にまとったクワガタ。強いだけでなく俊敏なところもランニングシューズにぴったり。われながらいいアイデアだと思って先輩に話したら「ふざけすぎだ」と一蹴されましたが、僕はめげません。デザインにこっそり盛り込みました。米国法人の担当者は面白がってくれて、米国市場ではこのデザインコンセプトを宣伝しました。遊び心も米国のランナーに伝わって上々の売れ行きでした。
WWD:「ナイキ」の“ジョーダン“や「アディダス」の“スタンスミス“などアスリートの名前がスポーツシューズに採用される例は多いけれど、社員デザイナーの名前がつく例は珍しいですね。
榧野:当社の場合は過去にいくつかありました。でも長続きせず、1、2年で終わってしまう。“ゲルカヤノ“のように30年以上続くことは確かに珍しいです。この名前は僕の意向ではありません。米国法人の担当者が開発中のコードネームとして言い始め、そのまま発売されてしまったのです。カヤノという言葉の響きがアメリカ人にとって異国情緒があって魅力的なので、「そのまま行くよ」となりました。初代は“ゲルカヤノトレーナー“、翌年の2代目モデルから“ゲルカヤノ“になりました。