インパール作戦で日本軍を窮地に追い込んだイギリス軍人の「独創的な用兵思想」(レビュー)
オード・ウィンゲートとウィリアム・スリム……いずれもインパール作戦で日本軍を窮地に追い込んだことで知られるイギリス陸軍軍人で、独創的な用兵思想の持ち主であったという。はたして、彼らはどのような教育を受け、いかにして将校に抜擢されたのか。 軍事史を専門とする大木毅さんの新刊『決断の太平洋戦史:「指揮統帥文化」からみた軍人たち』(新潮選書)では、「エリート教育」「人事システム」という視点から、上記のウィンゲートを含む日英米12人の戦歴を読み解いている。 同書に寄せられた戸部良一・防衛大学名誉教授の書評からは、日英の指揮統帥文化の違いが浮かび上がってくる。
戸部良一・評「比較史的視点で描かれた日本軍人の「独創性」欠如」
私はかつて大木氏のことをドイツ近現代軍事史研究の専門家だと思っていた。『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書、二〇一九年)が高い評価を受け、その研鑽と学識が広く認められるようになったことを、同じ軍事史を学ぶ者として喜んだ。だが、彼がドイツ史だけの専門家というのは私の思い違いであった。彼の研鑽と学識はドイツ史だけにとどまらなかったからである。それは『「太平洋の巨鷲」山本五十六 用兵思想からみた真価』(角川新書、二〇二一年)、『指揮官たちの第二次大戦 素顔の将帥列伝』(新潮選書、二〇二二年)など、次々と上梓された作品に見ることができる。 この二作品に代表されるように、とくに最近は世界各国の軍人論、将帥論に大木氏の研究関心が向けられているようである。前書(『指揮官たちの第二次大戦』)では、日米英独仏ソの六ヵ国の将帥が取り上げられ、本書では太平洋の戦場を舞台として日米英の指揮官・参謀が俎上に載せられている。どの著作でも、著者が主要参戦国の第二次世界大戦史に関する最良かつ最新の文献に精通していることがうかがわれる。さらに、日本の軍人を取り上げた場合、もともとドイツを中心とするヨーロッパ軍事史を専門としてきた著者の「素養」が、彼の作品に、他の日本将帥論一般とは異なる色彩を与えている。日本という一国史的な制約から離れて、比較史的な視点や文脈が持ち込まれているからである。